魔人兄妹は質問を受ける

「ともあれ……正直何から聞いていいのやら、って感じではあるのよね……」


 オリヴィアが顎に細い指を添えながら言った。


「何から聞いても構わない。少なくとも、あの時見せたものに関してであれば、その全てに答えよう」


「……ならまずは一番気になってることから聞くわね。君の使う魔法がやたらと複雑なのは何で?」


 クロの使う妨害魔法の数々。それはクロのオリジナルらしきものは勿論のこと、本来簡易な構造で誰にでも使いやすいはずの汎用魔法に至るまで、全てが複雑怪奇な構造をしていた。オリヴィアは、わざわざ魔法を複雑な方向に改変することの合理的な理由を見出だせずにいたのだった。


「ああ……」


 首を横に振りながら、だいたい何を聞かれるか予想していたクロは用意していた解答を口にした。


「あれは一種の欺瞞迷彩みたいなものを加えていただけだ。相手が魔法の複雑さで思考を乱せば儲けもの、くらいの気休め。別に魔法自体を改変したわけじゃない」


 すると、オリヴィアはほっと胸を撫で下ろした。


「そりゃそうだよね!だって魔法の構造を複雑にしても組み上げが面倒になるだけでメリットなんかないし……特にあの投擲魔法とか頭おかしくなるかと思ったし……いや良かったあまともで


「【明晰なる飛空刃シャープ・シューター】のことなら、あれは素であの構造だが……」


「ごめんまともじゃなかった」


 クロの指摘で急激に真顔になるオリヴィア。更に周辺のテーブルで聞き耳を立てていた魔法使いたちが一斉にむせた。


 無理もない、とオリヴィアは思う。何しろ闘技場でクロの【明晰なる飛空刃シャープ・シューター】を見た時は正直狂気の沙汰としか思えなかったのだから。


「いやいやいやいや!いったい何をどう間違ったら【剛撃投射アサルト・スロー】をアレンジしただけっぽい魔法があそこまで複雑になるの!?絶対必要のない何かが混ざってるよね!?」


「まあ、その反応はもっともだな……何しろ、あの場では【明晰なる飛空刃シャープ・シューター】の本領を発揮出来ていないんだから」


 と、クロは胸ポケットから幽冥閃針アストラル・ダーツを1本取り出してテーブルに置いた。目の眩むようなその白銀を目にしたオリヴィアがギョッとしたような表情をする。


「え、ちょっと……これ純魔銀ピュアミスリルじゃない!?」


「こいつはたまげたな……うちにも武器に使ってる奴はいるが、丸ごとダーツに加工されたものなんざ見たことねぇぞ?」


「……そうなの?」


「何しろ採れる量が量だからな……普通はこう……」


 と、イロハに問われたドルガンは傍らに置いてある戦槌ウォーハンマーを指した。喫煙用のパイプを巨大化させたような形状のそれは時を経たことで多少くすんではいるものの、打突面に純白の金属が用いられていることが分かる。


「魔法的効果を発揮する上で重要な場所に集中させるもんだ。俺のハンマーの場合は“振動破砕”っつう、打撃の破壊力を増す機構のために使ってる。余程の事がない限り丸ごと使うようなことはねぇのよ」


「運良く2人分の武器を作るのに十分な量が手に入ったから、出し惜しみはしなかった。で、例の魔法はこいつと組み合わせることを前提としたものなんだよ」


 クロは幽冥閃針アストラル・ダーツを取り上げると2本の指先でそれをクルリと回し、


「『明晰なる空の狩人、縦横じゅうおうに舞い翔け追い詰めよ』――【明晰なる飛空刃シャープ・シューター】」


 短い詠唱句と共に軽い指のスナップで針を宙に上げた。緩やかに舞い上がった針は突如急加速してホールの天井付近に五芒星の軌跡を描き、クロの手の中へ戻って来る。


 その先端には、1匹のハエが突き刺さっていた。


「これが本来の性能ってことね?なぁるほど……基本形は複数の投擲強化魔法の統合、で、他の魔法との同時使用や身体のアクションを阻害しないような作りになってる……と。条件は――純魔銀ピュアミスリル以上の魔力伝導率か、思いきったね」


「流石、理解が早くて助かる」


「このスペックなら複雑なのも納得かも。多分今の針が10本くらいあれば闘技場での弾幕を再現出来るんじゃないかな」


「マジかよ……」


 ドルガンは先の戦いの終盤、クロが展開した模擬武器の弾幕を思い出す。おそらく実戦でのそれは、更に苛烈なものとなるであろうことは容易に想像出来た。


「で、その弾幕を掻い潜りながら、そっちの嬢ちゃんの剣裁きに対処しなきゃならねぇわけか……ゾッとするぜ」


「私も前衛ばかりするわけじゃないけどね……?」


「……え、そうなの?」


 今度はオリヴィアが聞き返した。闘技場での一戦では、イロハはドルガンと激しい白兵戦を繰り広げており、前衛以外の何にも見えなかったのだ。


「ああ……元々こいつ、後方火力担当だからな。本格的に接近戦をし始めたのは割りと最近だ」


「おいおい普通後衛だった奴がいきなりあれだけ接近戦できるようになるわけねぇだろうがよ……本当にそうなら余程優秀な指導役が付いてたか……あるいは嬢ちゃんの天賦の才ってやつかもしれねぇな。ゴドノフみてぇなのがそうそういるとも思えねぇが」


「ゴドノフ?」


「うちのギルドマスターよ。イロハちゃんとは逆で前衛専門だったのがいつの間にか後衛火力も出来るようになったっていう凄腕だったらしいの。もっとも、って賞金首に脚をやられちゃって現役を引退してるから私も実力を見たことはないんだけどね?」


「!?」


 オリヴィアの口から唐突に出た聞き馴染みの有りすぎるその名前に、兄妹は思わず目を見開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る