魔人兄妹は歓談する
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控え室に戻るなり、クロは長く息を吐きながら壁に背を預けて座り込んだ。驚いたイロハが心配そうにその顔を覗き込む。部屋の薄暗さもあってか、只でさえ疲労の跡が伺えるクロの顔色は余計に悪く見えた。
「に、にぃ様!?大丈夫……?」
「ああ、体調に問題はないんだが……流石に少し疲れた」
「無理もないわ……ずっとあの、オリヴィアさんだっけ?魔法使いを押さえ込んでくれてたんだものね」
ドルガンに集中出来たのは、ひとえにクロの妨害のおかげだとイロハは思っていた。オリヴィアが後半に見せたオールレンジ火球を序盤からされていたらと考えると背筋が寒くなる。
「ああ、思った通りの強敵だった。魔法を仕掛けたそばから解除されてしまうものだから一瞬も気を抜けなかったしな」
施設にもあれ程対応力のある魔法使いはそうそういなかったのではないかと、クロは思い返す。強いて挙げるなら被験体73番がそれらしいと思ったが、クロの知る限りあの魔人は持ち前の怠惰さから実戦訓練において本気を見せた試しがなかったため、はっきりとしたことは言えない。
「イロハも疲れただろう。あの防御を破るのには苦労したはずだ。あれは新技か?」
「土壇場で思い付いたの。にぃ様のおかげよ」
「俺は何もしてないが?」
「し・た・の」
イロハの新技はクロが投げた武器がたまたま体を掠めていった際に
クロはきょとんとしながらも、再び立ち上がって体の埃を払い落とす。
「……そうか。まあ、お前がそう言うならそうなんだろう」
「もう、大丈夫なの?」
「ああ。それにあまり戻るのが遅くて何事かと邪推されても、な」
ここに集まっている人々の雰囲気を見るにその心配は杞憂に終わりそうではあったが、用心に越したことはないとクロは考えていた。
「それもそうね」
イロハも肩をすくめながら、クロに続いて控え室を後にした。
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「(にぃ様、にぃ様)」
イロハがクロのコートの裾を軽く引きながら、空気の流れを操りクロの耳元へと小声で呼び掛ける。控え室から出たところで、闘技場から戻る途中のドルガンとオリヴィアに鉢合わせた兄妹は半ば強制的に4人掛けテーブルへと連れて来られていた。周辺のテーブル、というよりホール全体が兄妹の話題で持ちきりであり、2人は現在進行形で四方八方から視線の雨を受けている。
「(落ち着かないわ)」
「(同感だが、慣れるしかないだろうな……大丈夫、多分これも今だけだ)」
「(だといいけど……)」
と、内緒話をしながら、2人は料理の名前がズラリと並んだ薄い冊子を覗き込んでいる。「今回は俺の奢りだ!好きに頼めよ!!」とのドルガンの言葉に、素直に甘えることにしたのだった。何しろまだ登録が完了していないために素材の換金が出来ず一文無しのままなので、渡りに船と言えた。
しかし、
(シチュー……ステーキ……カレー……??)
(困ったな。ベストな選択がわからん……)
ドルガンとオリヴィアはやって来た小柄な受付嬢チロルへと既に注文を伝えてしまっているため、焦りさえ募っていく。
「ん?」
その時、1つの料理が兄妹の目に飛び込んで来た。覚えのあるその名称を、クロはこれ幸いとばかりに口に出す。
「……じゃあ、この『
コクコクと頷くイロハの様子に「はいなのですぅ」とペンを走らせ、チロルはカウンターの奥へと消えて行った。
「なかなか通なものを選ぶわね」
備え付けの手拭きを使いながら、オリヴィアが言った。
「諸事情でよく食べていたんでな」
「ふーん……あ、別に諸事情の内容まで聞くつもりはないからね?そういう詮索はしないのがここのマナーだから」
「そうなの?」
首を傾げるイロハに、向かいに座るドルガンが口を開く。
「おうよ。ここの仕事は基本戦うことだから自然と荒事に慣れた連中が集まるだろう?後ろ暗い、人に話したくない過去ってものがある奴らも珍しくねぇのさ」
ドルガンはジョッキの麦酒を一息で喉に流し込む。こうして既に3つの大ジョッキが空になっており、イロハは目を丸くしていた。
「だから、なるべくそういう遥か昔のあれこれは気にしねぇって空気が出来上がってったわけだぁな。あくまで大事なのは今ってことよ」
(それは非常にありがたい……)
クロは話を聞いてそう思った。過去の詮索がされないということは、2人の方から話さない限り兄妹の出自も正体も知られる可能性は低いということ。情報が回り回って帝国の耳に入る可能性も、また同じく低いということだった。
ジョッキを置いたドルガンは、兄妹へ交互に視線を向けながら話を続ける。
「だがな、一緒に戦うかもしれねぇ奴らの手の内にはみんな興味津々なのよ。『こういう場面ならあいつが適任だ』とか『今はあいつのこの魔法の使いどころ』だとか、色々と戦術に組み込むために、な?」
そこまで聞いたクロは、観念したように首を振った。
「回りくどい言い方はしなくていい。要は俺たちがさっき使った諸々に関する説明が欲しいってことだな?」
「話が早くて助かるぜ」
「そうそう。そのために2人を誘ったんだから。反省会しましょう、反省会」
兄妹にとっても特に断る理由はない。むしろ自分たちの益になり得るだろうということで、2人は提案を快諾するのだった。
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