魔人兄妹は試験を終える

「えっ……あ、あれもう5分経ったの……?」


 イロハと武器を突き合わせた状態のまま、オリヴィアがそう言った。イロハもまた、眼をぱちくりとさせながら静止している。


「はい、経ちましたので、武器を納めて下さいますか?」


「うそぉ……これからって時に……」


 しぶしぶと言った様子でオリヴィアは杖を下ろし、全ての砲口と火刃や火球の衛星を消去する。兄妹もそれに倣い、風刃を消したり石人形ゴーレムを砂に還したりした。


「受験者のお二人もお疲れ様でした。結果は追ってお伝えしますので、ロビーでお待ち下さい。使った武器はこの場に置いて行って構いませんので」


「了解した、そうしよう。対戦、感謝する」


「こちらこそ、いい戦いだったよ」


 試験官を務めた2人に一礼して、兄妹は闘技場の出口に向かう。その背には観客たちの「凄かったぞ、お二人さーん!」「結果が楽しみだな!」などという言葉と共に、暖かい拍手が贈られた。


「あいってててて……まさか俺がやられちまうとは」


「あ、起きた」


 胸元をさすりながら、のっそりと巨躯を起こしたドルガンがオリヴィアたちの方へ歩み寄る。


「お二人もお疲れ様でした。試験官を務めて下さった報酬は後程お支払い致します。今回の新人さんたちは如何でした?」


 ベアトリスが尋ねると、ドルガンとオリヴィアは一瞬顔を見合せ、


「久々にやべーのが来た」

「端的に言ってバケモノ」


 と、口々に率直な感想を述べた。


「妹の方は一級品のアタッカーだな。何しろ俺の不動の構えを破りやがった。今回は試験だからあれでもセーブしてたんだろうが……本気を出せば竜の甲殻だって切り裂くんじゃねぇか」


 闘技場には一度に使える魔力をセーブする魔法がデフォルトでかかっているため、ドルガンの奥の手たる【剛体・不動の構え】も本来の強度ではなかった。とはいえ、それでも突破は容易くないはずだったのだ。加えて、相手が年端も行かぬ華奢な少女だったということもあり、ドルガンの驚きはかなりのものだった。


「お兄さんの方はもうなんというか……出来ないことを探した方が早いんじゃないのあれ?色々と常識はずれでコメントに困るんだけど……」


「ああ……今日のお前はどうも動きが悪かったもんな。あの兄貴のせいか?」


「そうね……開幕からデバフの雨だわ、なんとか結界張れたと思ったらやたら精巧な石人形ゴーレムを滅茶苦茶な数作って来るわ、床を壁にするわ、とんでもなく複雑な投擲魔法を連打して来るわ……ああもう頭痛い……」


 と、そう吐き出しきったオリヴィアは右手で頭を抱えた。思えば、照準の誤作動も知らず知らずの内にクロが何か仕掛けていたんじゃないかという疑いが浮かび上がって来る。


 魔物も含めて、今まで相対した何よりも底の知れない魔法使い。味方ならば頼もしいが、敵に回すことだけはしたくないとオリヴィアは思った。彼もまた、闘技場の魔法のせいで本気ではなかった可能性の方が高いのだから。


 その時、


「はい、あのお二人は期待以上の戦いぶりでした。紹介状を書いた甲斐があったというものですね」


 不意に背後から聞こえた鈴を鳴らすような声に、オリヴィアたちが驚いて振り返る。そこには、試験開始前までにはいなかったはずの人物がいた。


「え、ちょ、ミラ!?来てたの?教会は?」


「教会はシスターメリルが目を覚ましましたので、お願いして来ました。推薦した身としましては、やはりこの目で戦う姿を見ておきたかったもので」


 良いものを見られました、と、銀髪のシスターはウィンプルの下でほくほく顔だった。そんなミラに、オリヴィアは一番気になっていたことを尋ねてみた。


「というかそもそもあの二人とはどこで出会ったわけ?」


「彼らが教会の部屋を借りに来た時ですね。仕事を探していたようでしたので、一筆認めたという訳です。目的は果たしましたので、私はこれで」


 それだけ言うと、ミラはオリヴィアたちに背を向けてさっさと闘技場から去っていってしまう。その際、オリヴィアはショートパンツのポケットにさりげなく紙を差し込まれたことに気付いた。


「いや流石だぜミラの嬢ちゃん……全く気配を感じなかった。っと、俺たちも上に行こうぜ。反省会だ」


「はーい」


 出口へ向かうドルガンとベアトリスの後に着いて歩きながら、オリヴィアはさりげなく紙を確認した。


『あのお二人と出会った詳しい経緯についてお話ししますので、夕食の時間に教会まで来て下さい』


「……ふーん?」


 簡潔なその文を読み終えたオリヴィアは、若干の言い知れぬキナ臭さに眉をひそめながら、紙をポケットにしまい直した。

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