魔人妹は打ち崩す

 電流が走るように、イロハの脳に浮かんだアイデアだったが、それを即座に実行することは出来なかった。まだアイデアが明確な形になってはいないし、何より戦況がそれを許さない。


「流石にいつまでもやられっぱなしじゃあ……勇者パーティーの名が廃るってもんよね!!」


 空気の流れで常に周りの状況を把握していたイロハと、武器の再投擲のためオリヴィアに近付いていたクロは、緋焔の魔女のそんな呟きを拾ってしまった。


「「!!」」


“オリヴィアは動かしたら不味い”という認識を戦闘前に共有していた兄妹にはアイコンタクトさえなかった。クロは石人形ゴーレムたちの照準をオリヴィアへ一点集中して【明晰なる飛空刃シャープ・シューター】による統制投擲を行いながら自身でも【速射クイックドロウ】を放ち、イロハは近場を飛び交っていた模擬武器の一団を突風に巻き込んでオリヴィアの方へけしかける。


 しかし先んじて到達した衝撃波の弾丸は見えない壁に阻まれ、続く模擬武器の集団は、あろうことかオリヴィアの身体をすり抜けて壁に激突した。魔女の身体のあちこちに、空間の揺らぎのような波紋が生じている。


 さしものクロも、驚愕を隠せなかった。


(……武器群が接触する寸前で、自分の後方に転移させたのか!?)


「驚くのは、まだ早いかな――」


 物理的な妨害さえも封じたオリヴィアは、悠然と杖を振りかざした。その瞬間、オリヴィアの手元と闘技場に大量の波紋が出現する。そして――


「本番は、ここからだから!!」


「イロハ、回避!!」


「――ッ!!」


 魔女は手元の波紋に火球を撃ち込んだ。空間を越えたそれらが、次々と周辺の波紋から飛び出して兄妹に襲いかかる。爆撃の轟音が闘技場を一瞬で席巻し、砂埃が濛々と立ち込めた。


「出たぁ!オリヴィアの必殺技!!」「まさか新人試験で見ることになるなんて……」などと、観客席から歓声が上がっている。オリヴィアが今まで妨害の連打によりまともに動けなかったこともあって、ハンターたちのテンションも最高潮に達していた。


(炎系統と空間系統の合わせ技か、厄介な……!)


 初弾を【解放の門リバティ・ゲート】による畳返しで防ぎ、クロは続く火球の連射を外壁を利用した壁走りで回避していく。発射口である空間の揺らぎが所狭しと形成されており、逃げ場を見出すのが難しい。試合の前半からこれを許していたら、イロハはともかく自分はやられていただろうとクロは分析した。


(だが)


 しかしクロは逃げ続けながらも、その視線をイロハの方へ向けていた。とはいえ、クロは多少の弾幕程度鼻歌混じりでかわすだろう妹のことは心配していない。


 確認したかったのは、先程オリヴィアが結界を張る寸前にねじ込んだが機能しているかどうかだった。


 果たして、


「おぉい、オリヴィアどうしたぁ!流れ弾がひでぇぞ!!」


「ごめんなさいなんか照準が狂ってるの!早いとこ修正するから!!」


 そこには、明らかに撃ち出されている火球の群れと、オリヴィアが慌てて砲口を閉じている光景があった。「おいおいあれどうなってんだ……!?」「今日のオリヴィアはどうも様子がおかしいなぁ」と、観客たちの間にも困惑が広がっている。よくよく観察すれば、他にも照準があらぬ方向を向き、誰もいない砂地に火球を吐き出している空間の揺らぎもあった。


 クロが仕込んでいた本命は【大いなる悪フォールンに、絶望あれ・デスペアー】。自信を減衰させ、魔法の誤作動を誘発するそれが、オリヴィアとドルガンの連携に亀裂を生じさせていた。


(思った通り、あの魔法使いの魔力を逆利用することが出来たな。多少無理をしてでも仕込んでおく価値はあった)


 自然、ドルガン方面の火球の密度は薄くなるため、よりイロハが突貫しやすい状況が出来上がっていた。彼女は周囲を飛び交う武器群を突風に巻き込み、気流の刃を付与してミサイルのようにドルガンへと浴びせかける。


「効かねぇなぁ!」


 しかし、ドルガンは筋肉の鎧で易々と武器を弾き、更に一部を木槌で打ち返して来る。イロハが首をひねって回避した細剣は砂地に突き刺さった後、すかさずイロハ型ゴーレムが引き抜いてオリヴィアの方へ投げ飛ばしていた。


 もちろんイロハもこの攻撃がダメージにならないのは承知の上だ。あくまでもこれは、先程閃いた突破方法をしっかりイメージとして固めるための時間稼ぎ。


『硬い物を壊すなら、力を1ヶ所に集めることだ』


 かつて、壁を壊すための魔法を作るため、クロと夜更かしした時に聴いた言葉だ。空気の刃を構え、ドルガンへと突進しながらイロハはそれを思い出す。


 加えて、


(破壊したいポイントへ斬撃を束ねて……更に!)


「【雷霆の天幕スパーク・カーテン攻性展開アサルトシフト】――」


 イロハは、これまであまり使うことのなかった自由なる旅人の装束ワンダラーズ・クロスの防御機構を発動。全身を駆け回る電光を、刃の先端へと集中させて行く。


 イメージは、この瞬間完全に成った。


「来るか!!」


 木槌を振りかぶって迎撃の体勢を取る鋼の巨漢の懐へ、イロハは弾丸の如く突っ込んだ。木槌の打突面と空気の刃が接触し――一瞬の閃光の刹那、斬り飛ばされた木槌の先端が離れた外壁に叩きつけられる。


 そしてガードを失った胴の中心へ、イロハは右袈裟斬りを見舞っていく。ベースは刀身そのものの斬撃に6つの空気の刃を同期させることで7つの斬撃を生む【虹割にじわかち】。そこに雷霆の天幕スパーク・カーテンによる電撃を加えて威力を底上げし、全ての斬撃を1点で交差させるように放つ。


 斯くして、



「【虹割にじわかち雷轟炸華らいごうさっか】!!」



 7対の花弁持つ電光の華が咲く。斬撃7回分の破壊力がドルガンの胸部へと一挙に打ち込まれ、鋼の巨体が爆発的な勢いで後方に吹き飛んでいく。


「ぐおぁあああああああああアアァ!!!?」


 ドルガンは轟音を上げて外壁に激突し、その場に崩れ落ちた。「旦那がやられた!?」「嘘だろ不動の構えを真っ正面からブチ破りやがったぞ……」「すげぇ……!」と、にわかに観客席が湧き上がり、直後には大歓声となって闘技場に降り注ぐ。


(後は……!)


 イロハはドルガンを撃破した余韻も置き去りに、呼吸を整えるや否や模擬武器の群れを引き連れてオリヴィアへと突撃を敢行した。クロも妹をサポートすべく、石人形ゴーレムたちと共に弾幕を張り巡らして全方位火球を防ぐ網を作り上げる。


「これは想定外……だけどいいわ!かかって来なさい!!」


 対するオリヴィアは体の周囲を衛星のように回る火球の群れを生成しつつ、杖の先端に炎の刃を纏わせイロハを迎え撃たんとした。イロハの放つガトリングガンの如き武器群の掃射を炎の衛星が巧みに防ぎ切り、両者の距離が瞬く間にゼロになる。


 そして杖の変化した炎の槍と、電光迸る気流の刃が接触する寸前で、


「そこまでぇッ!!!!」


 闘技場を貫いた受付嬢ベアトリスの叫びが、試験戦闘の終わりを告げた。

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