魔人兄妹の試験戦闘 続
ノックバックしたドルガンを、イロハは低い姿勢で追撃する。しかし横薙ぎに胴を狙った一撃は、カウンター気味に振り下ろされた木槌の打突面によって受け止められた。
闘技場のほぼ中央にて、開始直後から繰り返される光景。イロハによる風魔法を織り交ぜての嵐のような連撃と、それを大山の如き構えでドルガンが的確に防ぐ様子が、観客の目を楽しませていた。
(兄貴も大概だがこの嬢ちゃんも相当だなぁ、おい!)
ドルガンは木槌を巧みに扱い、イロハの刃に防御行動を合わせる。少女の一撃はその細腕からはとても想像出来ない程重く、まるで砲撃を受けているかのような衝撃を両の腕へと伝えて来ていた。
しかしドルガンを最も苦しめていたのは、“一太刀で7つの斬撃が同時に襲って来る”という謎の技。イロハが初披露した際はその内6発が四肢を直撃し、一瞬にして体勢を崩されかけた。
(今は多少前触れを察知出来るようにはなったがそれでも3、4撃止めるのが精一杯だ……はっきり言って素の俺の防御能力は完全に超えられてやがる……)
しかしドルガンは、それでも尚白い歯を光らせ不敵に笑った。
「だったら奥の手を出すまでよ!!【剛体・不動の構え】ぇ!!」
「ッ!?」
突如として、ドルガンの様子が変わった。仕掛けていた斬撃が大きく弾かれ、イロハは反動で宙返りしながら距離を空ける。見ればドルガンの纏っていた筋肉の鎧が、淡い金色に発光していた。
「マジかよ、不動の構え!?」「新人相手に使ったの……いつ以来だ……?」などと、観客席からもどよめきと歓声が上がる。
「俺にこいつを使わせた新人は久しぶりだ。覚悟しておくんだな!今までの俺とはちげぇから……よぉ!!」
ドルガンはそのまま、頭上で勢い良く振り回した木槌を思いっきり振り下ろした。距離があったためハンマーが直接イロハに当たることこそなかったが、地面を殴り付けた際に生じた衝撃が津波のような波動と化して広範囲に拡散する。当然、それは離れた場所でオリヴィアを攻撃していたクロの元にも。
「にぃ様!!」
「問題ない、攻め手を緩めるな!!」
フォローしに来ようとしたイロハを制止し、クロはとある魔法を久しぶりに行使した。人工的に造られた建物の構造を自在に切り抜く魔法――【
「な……んだとォ!?」
クロを覆い隠すように半円形に捲れ上がった闘技場の床が、襲い来る衝撃波を受け止め掻き消した。敷き詰められた砂に隠れてはいるものの、闘技場の床は
“いざとなれば盾に出来る”と、クロはそう踏んでいた。
(元は魔法使いを妨害しきれなかった時のために考えていた防御手段だが、思わぬところで役に立った)
衝撃波を防ぎ、クロは立ち上がった床の頂点に飛び乗るとおもむろにコートのポケットへ手を入れた。取り出されたのは、種類も様々な模擬戦用の武器類5本。それを、
「【
クロは両手を振り下ろして一斉に投じた。その内比較的サイズの小さめな3本の武器がオリヴィアの方へ向かい、残りの長柄武器類が再びの突撃を仕掛けるイロハと共にドルガンを襲う。模擬武器類の魔力伝導率は流石に【
「うわなんだそれぇ!!!?」
ギョっとしたような顔をしたオリヴィアは、しかし飛来する模擬武器群を最小限の動きで難なく回避した。すかさず、壁に当たって地面に落下したそれらを
しかし
「援護射撃のつもりか!?だが威力が足りねぇなぁ!!」
飛来する武器を筋肉の鎧で易々と跳ね返し、ドルガンが嗤う。全身に魔力を張り巡らせることでドラゴンの突進すら受け止められる程の身体強度と対ノックバック性能を発揮する【剛体・不動の構え】の前では、クロの投擲はそよ風程度にすら感じなかった。
「安心しろ、百も承知だ。だから……」
しかしクロもまた、イロハが言うところの“悪い笑み”を見せながら捲れた床から飛び降りる。直後に床は元に戻り、その奥に秘されていたものをさらけ出した。
――山と積まれた、大量の武器を。
「こうしよう。【
盛大に顔をひきつらせたオリヴィアが火球を放つ暇もなかった。バネ仕掛けか何かのように勢い良くはね上がった砂地が、乗っていた大量の武器を束の間の無重力へと誘う。武器群は一瞬の緩やかな浮遊の後、切っ先を術者の敵に向けて一斉に急加速した。無論、それら全てに【
「おめぇまさかワゴンの模擬武器全部持って来やがったのか!!!?」
「1人分しか使ってはならないなどとは聞いていないんでな」
言いながら、クロは闘技場を駆け回って的を外した武器を回収、【
ドルガンは直接食らってもダメージにならないため無視して行動しているが、木槌を振るう軌跡に絶妙なタイミングで槍が割り込んで来たりとこの上なく煩わしそうにしていた。
そんな中で、イロハだけが飛び交う武器群を物ともせずに同じペースでドルガンを攻め立てていた。降り注ぐ短剣の雨をすり抜け、突進して来た曲刀は身を低くしてやり過ごす。【風読み】で軌道を把握出来るイロハにとっては、この程度の弾幕などはないも同然だった。身体を武器が掠めていく際に生じる青白い火花も置き去りに、イロハはドルガンへと高速で風刃を叩き込んでいく。
だが、足りない。目にも止まらぬ連撃も、鋼の如き巨漢を打ち崩すには至らない。ドルガンに対して有効だった【
何か手はないか、と、思考を巡らせるイロハのこめかみ付近を後方から飛来した手斧型の模擬武器が擦過し、ドルガンの胸板に弾かれて落ちた。
「あ」
その瞬間、何かのピースがピッタリはまったのを、イロハはしっかりと感じ取った。
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