魔人兄は妨害する

 ――時は少し遡る。


(まっずいなぁ……これ)


 オリヴィアは垂れ落ちる額の汗を拭いながら、押し寄せて来る妨害系魔法の嵐を捌いていた。


 戦闘開始から約2分が経過しているが、未だに1つも攻撃魔法を撃つことが出来ないという明らかな異常事態。杖持ちの後衛魔法使いに見せかけて実はバリバリの前衛タイプであった新人の少女に押されつつあるドルガンを今すぐにでも支援しなければならないが、その試みは少女の兄によって悉く潰されてしまっていた。


 最初に飛んで来た汎用闇魔法【目潰しの雲ブラインド・クラウド】に始まり、一定量以上の魔力励起を抑制する【大魔封じマナ・シール】、その他オリヴィアの知識にない謎の魔法が豪雨のように降り注ぎ、彼女は完全にペースを掌握されてしまっていた。今も舌の麻痺、重心の異常、足の指からの力の喪失など複数の魔法が連続で襲い掛かって来ており、状態異常を回復する【復調キュア】が追い付かない。


(もう数えるのも嫌になるくらい魔法受けてるんだけど1つとして同じものがないっていうのが一番ヤバいわね……一度食らった奴なら対抗魔法の構築も出来るけどこれじゃあ……)


 魔力の扱いに熟達すれば、相手に使われた魔法の構造やイメージなどをある程度は掴めるようになる。特に多くの人々に使えるよう共通のイメージや簡素な構造を持つ汎用魔法は、熟練の魔法使いにとっては比較的対処しやすい魔法でもあった。


 ところが、クロの使って来る魔法は今のところそれに当てはまらない。オリジナルと思われる謎の魔法群は元より、たまに混ざる汎用魔法ですら構造やイメージが複雑な改変を受けている。


『なんというか……ジグソーパズルみたいだな』


 以前、魔法についてレクチャーをした際のユウジの言葉が、何故か思い出された。


『魔力で作ったピースにイメージで色を付けて、頭の中で組み上げた1枚の絵を使って現実を塗り替える。凄く面白そうだ……!』


 と、実際にジグソーパズルを紙で作って見せながらユウジはそう言っていた。オリヴィアはジグソーパズルというものをその時初めて知ったが、その例えはストンと腑に落ちたのを覚えている。


 汎用魔法とは本来ピースの少ない簡単なジグソーパズルの様なものだ。しかし目の前の男が使って来たそれは違う。発生する結果描かれている絵は同じだがそれを構成するピースの数と形の複雑さが段違いなのだ。最早完全な別物と言って差し支えない。


(幸い魔力の出力は大したことない……いやむしろ弱いレベルだから、取り敢えずこのまま捌き続けて隙を伺うしかないか。頼むからその間に崩されないでよドルガンさん……!)


 一方、


(流石だな……!)


 クロもクロで、かなり焦っていた。周りからは涼しい顔でオリヴィアを押さえ込んでいるように見えているかもしれないが、その実余裕はほとんどない。


 ホールでオリヴィアを見た瞬間、クロはその危険性を直感した。“相対するなら彼女には1発の攻撃魔法も撃たせてはならない”と覚悟した。


 故にクロは前衛のハンマー使いをイロハに任せ、オリヴィアを完全封殺するつもりで作戦を組み立てた。まずは的を絞らせないために視覚封じを使って出鼻を挫き、以降はとにかく発動速度を優先して妨害魔法を連打していった。とにかく魔法を継続的に連射することが肝であるため、魔法の規模も絞る。その上で、相手に“対処しなければならない”と思わせ続ける必要があった。


 結果として発生したのが、この“静かな殴り合い”とでも表現すべき拮抗状態だった。


 だがクロとしては、これでもまだ万全には遠いと感じていた。クロのレパートリーも決して無限ではない。一度使った魔法には対処されてしまう可能性がある以上、この膠着にもいつかは終わりが来る。そうなれば、自分たちは一気に敗北に近づいてしまうという予感があった。


(何とかして……を入れておきたい。上手くすれば彼女の魔力を逆に利用できるからな……)


 問題は、それを差し挟む隙がなかなか見当たらないこと。今連打している妨害魔法よりも構築に時間がかかるため、その間に攻撃魔法を準備されてしまいかねない。仕掛けるチャンスは1度きりとクロは踏んだ。


 そうして入念にタイミングを見計らい、クロは意を決して使う魔法をシフトした。想定通り、そのコンマ数秒もない僅かな隙でオリヴィアは無数の火種を周囲に作り上げる。


 しかし魔女は、その上を行った。攻撃魔法と平行して、対妨害魔法用の結界が張り巡らされる。クロはなんとか完成前に本命をねじ込んだが、後続の妨害魔法は結界を破らない限りもう届かない。


(厄介な……だがまだ手はある!)


 火種が火球として完成するその寸前、クロは攻撃魔法をキャンセルする為に用意していた妨害魔法を即座に【速射クイックドロウ】へと切り替えてオリヴィアの額を狙い撃った。「うっ」という微かな呻き声と共に、スタンバイされていた火球が消失する。そうして生じた隙に、クロは更なる魔法を使った。


 闘技場の砂を操作し、最愛の妹の似姿を5体創成する。クロは点在する全個体に【加速アクセル】を付与すると、最寄りの2体に手持ちの模擬ナイフを投げ渡して一斉にオリヴィアへとけしかけた。妨害魔法は届かなくとも、物理攻撃ならその限りではない。


「うっそでしょ!!?」


 常識外れな石人形ゴーレムに驚愕の表情を見せるオリヴィアは、それでも即座に迎撃へと動き出した。火球が乱舞し、その隙間で砂の身体が躍動する。


 その様子を視界の端に見て豪快に笑いながら、ドルガンは木槌を振るった。


「ハァッハッハァッ!!まったくトンでもねぇ野郎だなおめぇの兄貴は、よォ!!!!」


 ギィイイン!!というおよそ木と空気のぶつかり合うものとは思えない轟音が響き、白い影が打ち返される。が、それも一瞬。再び肉薄したイロハの逆袈裟が木槌の柄に深く食い込んだ。


「……ええ」


 そんな彼女の顔にも、獰猛な笑みが張り付いている。


「にぃ様は……凄いんだから!!!!」


 暴風が渦巻き、今度はドルガンの巨体が押し返された。

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