魔人兄妹の試験戦闘

 Cランクハンター、ロイド・アーグレーはその日、いつもより遅れてギルドにやって来た。昨夜は大きな仕事を終わらせた後の祝勝会と称してついつい深酒をしてしまい、目が覚めたのは日も大分高くなってからのことだった。当然勇者の衝撃的な帰還など知る由もない。


 そのため、ギルドの扉を開いた彼は1人たりともハンターのいないホールを見て、まだ酔いが覚めていないのだろうかと眉間を押さえた。


「あ、ロイドさーん、いらっしゃいませなのです~」


 ふと、奥からそんな呼び掛けが聞こえて、ロイドは我に返った。見れば、中央の依頼受注用カウンターから小さな顔が覗いている。新人受付嬢のチロルだった。


「よう、チロルちゃん。こいつはどういう訳だい?まさか俺の知らない大規模レイド依頼でも出た訳じゃねぇだろうし……」


「い、いえ流石に事前告知もなしにそんなことはしないのですよ……皆さん今は闘技場に行っているのです。凄い新人さんがいらっしゃったもので……ドルガンさんとオリヴィアさんが試験官をすることになったのですよ」


「はあ!?」


 ロイドは己が耳を疑った。試験官慣れしているドルガンはともかく、このギルド最強の一角にあたるオリヴィアまで参加するなど前代未聞だったのだ。


「まだ多分始まってはいないと思うのです。急げば間に合うかと……」


 私はじゃんけんに負けてしまったのでカウンター当番なのです……ですからお構い無く……と涙を拭く真似をするチロルに感謝の言葉を残し、ロイドは急いで階段を降りて行った。




◼️◼️◼️◼️◼️◼️




「あ、来た来た。ロイドおっそーい!!」


「悪ィ、遅れた!!」


 巨大なすり鉢のような形をした闘技場には、たくさんのハンターが犇めいていた。ロイドはその一角に仲間の姿を認めて駆け寄る。


「まったく、昨日あんなに飲むから……」


 と、呆れたような顔をする赤衣の女弓使いアーチャー・セリアと、その隣でアンニュイな表情を闘技場に向ける踊り子のような衣装を身に付けた石人形ゴーレム使いの女性・シーラ。共にCランクハンターで、両手剣使いのロイドを含めた3人で小規模パーティー【烈火の石人】を構成していた。


「うん。危うく世紀の一戦を見逃すところだったよ」


 シーラが指差す先に、騒動の中心たる4人がいる。一方は巨大な木槌を構えたAランクハンター、【鋼の肝のアイアンレバー】ドルガンに、木の杖を持つSランク、【緋焔の魔女スカーレットウィッチ】オリヴィアのコンビ。得物が模擬戦仕様になっていること以外はお馴染みの面子だった。


 そして、もう一方が、


「噂の新人……か」


 ロイドはつぶさに観察する。新人は男女のコンビで、おそらく兄妹なのか、その作り物にすら見える整った顔立ちがよく似ている。兄らしき長身の男は短剣を両手に持って特に構えは取らず自然体のまま対戦相手を見据えており、妹の方は緊張気味なのか、両手で握りしめた短杖を大剣か何かを持つように腰だめに構えていた。


「……見たところ男の方が前衛で女の子が魔術師なのかね?短剣はなかなか珍しいし杖の構えがちょっと変だが」


「ここまで“未知数”って言葉が似合う新人もなかなかいないと思うわ……というか、結構場馴れしてるように見えるんだけど?」


「あのシスターミラが認めるくらいだからねぇ。そりゃ実力はあるんでしょ」


「マジかよ……」


 それを聞いてロイドは漸く合点がいった。かの勇者パーティーの一翼を担っていたシスターミラのランクはオリヴィアと同格、最高ランクの“S”である。そんな彼女に実力を認められたというのなら、この試験官の人選も頷けるというものだった。


「あ、始まるみたいね」


 闘技場の中央に進み出た受付嬢ベアトリスが優雅に一礼する。


「それではただいまより、試験戦闘を開始致します。互いに相手を殺害するような攻撃は禁止。魔法に関しては一度に使える魔力の量に制限が設けられます。制限時間である5分が経過した時点の戦闘結果を見て、挑戦者の合否及び初期ランクの判定を行います。……それでは双方、構え!!」


 その合図で両者が臨戦態勢を取り、場の空気が一気に張り詰めたものへと移り変わる。


 一瞬の静寂、そして――




「始め!!!!」




 軽やかな身のこなしで安全域に退避したベアトリスが叫んだ開始の合図と共に、木槌を構える巨漢の口から空気を震わす咆哮が放たれた。


(ドルガンの旦那の十八番……相手の出鼻を挫く【恐喚の咆哮バインド・ハウル】だな)


 ロイドは冷静に観察する。魔力を乗せた叫び声で相手の動きを封じる【恐喚の咆哮バインド・ハウル】は試験官をする時のドルガンが挨拶代わりに必ず初手で使う技であり、本人曰く『こいつにどう対処するかで大体実力はわかる』とのことだった。この技を巡る攻防は観戦する側にとって見所の1つでもある。


 しかも今回に限ってはドルガンの後方にオリヴィアが控えている。【恐喚の咆哮バインド・ハウル】の対処に手一杯となるようならば、彼女の火球が正確にその間隙を突くことだろう。


 果たして此度の新人はどうするのか?防御するか、回避するか、あるいはなす術無しか?会場全体が見守る中、


「【荒風あれかぜ】」


 おもむろにイロハが振り下ろした杖――正確にはそれに沿って発生した激烈な下降気流ダウンバーストが、ドルガンの咆哮を真っ向から叩き伏せて敷き詰められた砂塵を巻き上げた。


 その光景に誰もが唖然とする中、次の瞬間には砂埃のスクリーンを貫いた白い影がドルガンの眼前に肉薄する。


(前衛はそっちかッ!!)


 一本取られたというように苦笑いを張り付けながら、ロイドはドルガンを怒涛の如く攻め立てるイロハを眺める。おそらくこの場の誰もが騙されたことだろう。開戦前の杖にしてはおかしな構え方もこれなら納得出来た。彼女はある風魔法を用いることで、最初から杖を剣として扱うつもりだったのだ。


「まさか【乱流刃ストーム・セイバー】で積極的に白兵戦を仕掛けに行くとはな……あの初見殺しをあっさり潰して見せたことといい、恐れいったぜ」


「あれって本来は敵に接近された魔法使いが護身用として使う魔法よね……?ロイドより凄い動きしてるけど……彼女、普段からこれをメインウェポンにしてるのかしら」


「まあ確かにあれは真似出来ねぇわ……」


 どちらかと言えば堅実に相手の隙を突くような戦い方をするロイドは、イロハの暴風じみた乱舞は自分には不可能な気がしていた。しかし、それを羨ましくは思わない。魔物を相手取るなら、慎重になりすぎるということは決してないのだから。


「それはそれとして後の2人はどうしたんだ?一歩も動いてないみたいだが……」


「確かに……なんかいつものオリヴィアらしくないというか……」


 闘技場の中央で凄まじい攻防を繰り広げているドルガンとイロハに対して、オリヴィアとクロには開戦時から目立った動きがない。オリヴィアを良く知る彼らとしては、彼女が未だに【火球ファイアー・ボール】の1発も撃っていないというのは不自然に見えた。


「いや……」


 そこで、静観していたシーラが口を開く。3人の内唯一の魔法使いである彼女にはロイドたちには見えないものが見えていた。


 すなわち、魔力の流れが。


「あの2人はある意味、真ん中2人よりも激しい戦いをしてるかも……」


「どういうこと……?」


「私も完璧に理解してる訳じゃないから推測がかなり混じるんだけどね……多分、あのお兄さんが能力低下デバフ状態異常バステ系の魔法を矢継ぎ早に撃ちまくってて、オリヴィアがその対処で手一杯になってる……ぽい?」


「えぇ……?」


 言われたロイドとセリアは改めてクロとオリヴィアの様子を見る。互いに互いの目を棒立ちのまま見つめ合って動かない。否、シーラの話を聞いた後ではおそらくのだと分かる。特に、攻め込まれているであろうオリヴィアの方は尚更。


「あいつは確かにアタッカーだから回復系が苦手なのは知ってるが……それでもギルド最強の魔法使いを魔法で釘付けにするってのか……」


 これは確かに只者じゃねぇ、と、ロイドは畏怖さえ混じった視線をクロに向けた。彼らに敵対した者はあの兄が仕掛ける妨害の嵐の中で、生きた暴風のような妹の連撃を捌かなければならないのだ。想像するだに恐ろしい。


 その時、遂にクロとオリヴィアの無言の攻防に動きがあった。オリヴィアの身体を取り囲むように突如として火球の群れが現れたのだ。


「お、なんとか隙を突いて対魔障壁を張ったみたい。これなら……」


 しかしそれも束の間、オリヴィアが額を押さえるような仕草を見せると、発生した火球が全て消滅してしまう。


 どよめきが広がる中、フィールドには更なる変化がもたらされた。いきなり闘技場各所の砂が盛り上がり、身長30センチ程の少女の姿を象って顕現する。その数、5体。


「何だ……石人形ゴーレム?」


「でもかなり小さいわね……」


 普段シーラの操る巨躯の石人形ゴーレムばかりを目にしているロイドとセリアには、あの小さな石人形ゴーレムは新鮮に見えた。


 しかし、シーラは目を見開いたまま硬直していた。


「……違うよ2人共。単に小さいだけの石人形ゴーレムだったら私にだって作れる。見るべき部分はそこじゃない……」


 震える指で、シーラは少女型石人形ゴーレムを指す。


「問題は精巧さと、何より同時操作数……2体同時だって滅茶苦茶難しいのに、5体なんて師匠でも不可能だ……!しかもあれほどの絶技をオリヴィアへの攻撃の片手間でこなしている……いったい、彼は何者なんだ……?」


 普段何事にも動じないシーラが取り乱す様子に、ロイドとセリアも言葉を失う。なまじ本職であるがゆえに、彼女はクロの異常さを2人よりもよく理解してしまっているらしかった。


(これは間違いねぇ……)


 視線を闘技場に戻しながら、ロイドは生唾を飲む。興奮からか、手のひらにじっとりと汗をかいていた。


(奴らは紛れもなく……“怪物”だ……!!)


 少女の姿をした石人形ゴーレムが、闘技場に新たな混沌をもたらそうとしていた。

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