魔人兄妹は街に出る

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「――と言うわけで、俺たちは勇者と共に脱出した。後はあんたも知る通りだ」


「…………」


 クロが島での顛末を10分程度にまとめて語り終えた後、ミラは絶句していた。無理もない、とクロは思う。何しろ、長きに渡り魔王軍と戦って来たミラ――ひいてはブロンザルト国民全員にとって到底信じ難いであろう内容が含まれていたのだから。


 暫くして、ミラはその美貌いっぱいに困惑を浮かべながら、恐る恐るといった様子で口を開いた。


「その……本当なのですか?悪魔……それも将軍級が勇者様やお二方と共闘したと、いうのは?」


「全て事実だ。気持ちはよく分かるが……」


「……加えてその悪魔、ただいま全国に指名手配中の人物に特徴が酷似しているのですけれども」


「取材の為にあの怪しい見た目で街の人々へ片っ端からインタビューしていたんだろうし……まあ、疑われても仕方ないな」


「めふぃ……あわれ」


 あいつの容疑については勇者の証言でどうとでもなるだろう、と言って、クロは苔茶に口を付けた。自前の物より苦味が抑えられて飲み易くなっており、コガネムシの養殖用と最初から人間が飲むことを前提に作られたものの違いだろうかと思った。


「と、とにかく、事の顛末は把握致しました、ありがとうございます。次はお二方のこれからの話をしましょう」


 なんとか衝撃から立ち直ったのか、ミラが呼吸を落ち着けながら話題を変える。しかしまだ瞳が忙しなく上下左右に動き回っており、動揺は拭い切れていない様だった。このとても信じられないような話を自分の中でしっかり咀嚼する時間が欲しいのかもしれない、とクロは思った。


「先ほども申し上げました通り、部屋代は既に勇者様から1月分を頂いております。食費なども含まれておりますので、私達からこれ以上請求することは基本的にございません。ただ、この1月というのは部屋をお貸し出来る限界の日数でもあります」


「あくまでも“仮の宿を提供”という話だったしな。そんなことだろうとは思っていたさ」


「はい、ですので、お二方には期日までに別の拠点を探して頂く必要がありますね。幸い王都の西区画が再開発で住居が増えておりますので、そちらでならば物件探しには苦労しないかと思います」


 その時は私もお手伝いしますと言って、ミラは唇を苔茶で湿らせた。


「問題はお仕事になるでしょうか?何かご経験は……?」


「いや、なにぶんほとんど放浪の身だったからな。これと言って定職に就いていたことはない」


 と、クロは首を横に振った。職に就いた経験などあるわけがない。強いて言えば“軍人”になるのだろうが、帝国軍との繋がりを匂わすようなことを言うのは兄妹としては極力避けたかった。


「わかりました……それでしたら」


 すると、ミラは片目をつむって悪戯っぽい微笑みを見せた。


「ここは1つ、私のオススメを紹介致しましょう――」




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「“ハンター”……ね」


 数分後、入り口の木戸を開いて、兄妹は教会の外へ出た。ミラから貰ったメダリアの地図を5分程で完全に記憶し、クロは傍らのイロハへとそれを手渡す。


「帝国ではあまり馴染みのない職業だな……」


「魔物退治って、だいたい軍の仕事だもんね」


 狂暴な獣や魔物の討伐を生業とする『ハンター』だが、ゴルディオール帝国においてはほとんど存在しない職業だった。というのも、帝国軍が国内外にその威信を示すためという名目で、魔物退治専門の部隊を編成・運用しているためである。そのおかげで、魔王出現初期の段階でもある程度魔物の軍勢に対処することが出来ていた。


 ところが、ブロンザルトではうってかわって『ハンター』は花形の職業だと認識されているらしかった。


『凄腕のハンターでもあった初代勇者様が建国した国ですからね。花形も花形です』とは兄妹にハンターを勧めたミラの弁。彼女は勇者と肩を並べて戦ったという兄妹の戦闘能力を見込んで、登録がスムーズに進むようにと紹介状まで書いてくれていた。


「シスターミラもハンター登録してるって言ってたけど……やっぱり強いのかな……」


「ああ、間違いなく相当な手練れだろう。紹介状なんてものを書けるのも頷ける……」


 黒いゆったりとしたシスター服のせいでかなり判りにくかったが、それでも気品溢れるその所作に極まった武人の動きが含まれているということをクロはしっかり読み取っていた。


「ハンターズギルドにも、彼女クラスの実力者が多いのだろうか……まあそれも、実際に行ってみれば分かることか」


「うん、早く行きたいわ!」


 イロハの声は弾んでいた。閉塞していたあの施設や遺跡とも、樹海や孤島のものとも違う風が、この“街”という場所には吹いていたからだった。家々の合間を縫う風が聞いたことのない音、嗅いだことのない匂い、そして、感じたことのない人々の営みの気配を伴って、イロハの全身へ雪崩れ込んで来る。


 クロはそんな妹の様子に苦笑しつつ、


「待ちきれないみたいだな?だが気持ちは俺も同じだ。行こうか」


「はい!にぃ様!!」


 目立たないよう認識阻害を軽めにかけながら、兄妹は意気揚々と街へ繰り出して行った。

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