魔人1号は引率する

 ゴルディオール帝国領内、『死毒の樹海』と呼ばれる毒生物に溢れた森のはずれで、先日一切の伝承も文献も無く誰も存在を把握していなかった謎の遺跡が発見された。その歴史的価値は計り知れず、帝国史に新たな1ページを刻むことはまず間違いない。


 しかし、その遺跡を発見したゴルディオール軍には、ゆっくりと探索している余裕などなかった。


 魔人の研究育成施設への、将軍級魔物の襲撃事件。その混乱に乗じて脱走した2人の魔人『被験体96番クロ』と『被験体168番イロハ』が逃げ込み、追撃した魔人1号との戦闘の末行方をくらました場所がこの遺跡だったからである。遺跡は学術調査のためではなく、逃げ出した2人の痕跡を探るための人員でごった返していた。


「今さら中を探っても何も出てきやしねぇと思うんだけどなぁ……」


 水晶の如き流麗な翼を一打ちして高度を下げながら、クリスタルドラゴンの力を宿す少年は呟いた。相手をした際、彼は96番が空間収納と思しき魔法を使っている所を目撃している。全ての持ち物をそこに投入出来る以上、彼らが何かを残して行くとは魔人1号には考えられなかった。だからこそ彼は、こうして地下の大河の下流域を中心とした屋外で痕跡探しをしているのだ。


(むしろ遺跡に何か残っていたら……ブラフか罠の可能性を真っ先に考慮すべきだな)


 あの男ならそのくらいはしそうだ、と、魔人1号は考える。実の所、魔人1号は兄妹の実力を高く評価していた。およそ無限に思える手札を持つ96番に、堅さには自信があった自分の翼をあっさり奪って見せた168番。決して油断していい相手ではない。


 ……だというのに。


「きゃああ!!1号様のお戻りですわぁ!!!!」


 降下予定地点から聞こえてくる黄色い声に、魔人1号はげんなりと顔を上向けながらため息を吐く。地上では、透き通るような薄青い目と長い髪を持った手術衣姿の少女が、胸の前で両手の指を絡ませながらキラキラ……否、ギラギラと表現すべき熱い視線を魔人1号に向けていた。


 被験体39番。

 宿るは、百魔将第29位【凍界】のモラーク。


「……あ、ぱいせんおかえりー」


 着陸した途端に纏わり付いてくる被験体39番をなんとか引き剥がそうとする魔人1号に、岩の上に腰掛けて脚を所在無さげにぶらぶら揺らしていた短い金髪の少女が声を掛ける。顔立ちもあって、ボーイッシュな雰囲気があった。


 被験体73番。

 宿るは、百魔将16位【震空】のフルフー。


「ええい離れろ!」


「ああん!」


「お前もサボってんじゃねぇ73番!!」


「サボってまーせーんー……ちょっと休憩してるだーけでーす……」


「お前30分前にも同じこと言ってたよな……!?」


 と、魔人1号はしつこく組みつこうとしてくる被験体39番の顔を右手で抑えながら逆の手で頭を抱えた。


 施設にいる問題児は、何も被験体96番クロだけという訳ではなかった。例えば被験体39番は成績優秀、素行良好で一見優等生のお手本のような魔人であるが、しかしそれにはもれなく“魔人1号が絡まなければ”という但し書きが付いていた。


 どこかのタイミングで魔人1号に心酔するようになってしまった結果、彼女はひとたび魔人1号が関わった瞬間大暴走を始めるようになってしまっており、これまでそれによって施設人員や魔人に2桁単位の負傷者を出していた。


 そして被験体73番は、良く言えば行動派の被験体96番クロとは真逆の意味での問題児だった。


 つまりは、


 実技演習をボイコットすること数知れず。座学の教室に姿を見せないこと数え切れず。さりとて何か目的を持った行動をすることもなくただただ惰眠を貪り暇を味わうという怠惰ぶり。もちろんその度に罰は受けるのだが、宿す魔晶の影響か折檻用の電撃の効果が薄いため、教官たちも彼女にはほとほと手を焼いていた。


「……15番の髪の毛でも煮詰めて食わせればこいつらもちょっとはマシになんのかね」


 再びのため息と共に、魔人1号が離れた所で地面や木々を注視しているもう1人に目をやった。一切の光を吸い込むかのような深い闇色の髪と、黒みがかった赤の瞳を持つ小柄な少年だった。


 被験体15番。

 宿るは、百魔将9位【凶兆】のバルトス。


 魔人1号が地上に戻って来たことに気付き、被験体15番は整った顔を落胆の色に染めてとぼとぼと戻って来た。


「難航。依然痕跡は認められず。不甲斐なし……」


 見た目からは想像出来ない程の低音ボイスでそう告げると、被験体15番は深々と頭を下げる。


「いやお前はよくやってるよ……1人でもまともな奴がいてくれて助かったわホントに」


 狂信者39番サボり魔73番に辟易していた魔人1号に取っては、被験体15番は唯一の良心だった。とにかく命令には忠実で戦闘能力も申し分なく、『最高傑作』との呼び声も高い。この脱走魔人捜索においても、ただ黙々と痕跡を探し続けている。


 この3人は別段、魔人1号の部下という訳ではない。彼らは、本来なら教官及び施設職員数名に連れられて初の実戦へと赴く予定があった所、魔物の襲撃とクロたちの脱走によってそれが急遽取り止めとなり、代わりにこの脱走魔人捜索に駆り出されたのだった。魔人1号は、その監督役として抜擢されただけである。魔人同士の方が色々と効率が良いだろうということだったが、どうにも厄介者たちを押し付けられただけのような印象が拭えなかった。


「収穫がないのは俺も同じだからな……もっと下流域か、海まで範囲を広げた方が良さそうだ」


「同意」


「えー?……移動するんですかぁ。めんどくさ……」


「わたくしは何処までも付いて行きますわ!!1号様の珠の御肌に傷をつけた不届き者共を誅殺せねばなりませんもの!!!!」


「お前竜の腕コレが珠の肌に見えるなら一度医務室の世話になった方がいいぞ……」


 何度目かのため息を吐きながら、魔人1号は他の魔人たちを連れて更に下流へと歩き出そうとする。


(そもそも……俺がキッチリあいつらを捕まえていればこいつらをこんなつまらねえ任務に付き合わすこともなかった訳だしな。その責任くらいは取ってやるさ)


 そう思いつつ、魔人1号がふと空を見上げると、東の空に虹が掛かっているのが見えた。ゴルディオールにおいて虹とは吉兆の証であり、見れば物事が良い方向に進むと言い伝えられている。これは天も自分たちを祝福しているのかもしれないと、魔人1号は思っていたのだが……。


(……ん?)


 その虹に、魔人1号は違和感を覚えた。周囲は快晴そのもので雨が降っている様子は全くなく、なにより虹自体が流星か何かのように南の方へと急速に遠ざかっていく。


 他の魔人たちは窓のない施設暮らしだったため当然ながら虹を見たことなどなく、違和感を抱いた様子はない。15番は「不明。されど美しき」と率直な感想を述べ、73番はあまり興味もなさそうにぼーっと見つめている。魔人1号にご執心な39番はそもそも空を見ていなかった。


(奴らと関係はないとは思うが……どうも気になんだよな……)


「きぃいいい!!わたくしから1号様の視線を奪うとは何様ですの!!!?撃ち落として差し上げますわ!!!!!!」


「おいやめろバカ組み付いたまま冷気を放出すんじゃねぇええええええええええ――――!!!!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る