魔人兄妹は虹になる

「ところで、勇者様はどうやって脱出するつもりなの……?」


 たっぷりと吹き抜ける風を満喫し、3人の元へ戻って来たイロハが言った。潮風を堪能しながらも、会話はしっかり聴いていたらしい。


 イロハもクロ同様、脱出のプランは何も考えていなかった。遺跡脱出時のように別の陸地まで水中適用魔法を使って海中を行くのか、あるいはイロハの風魔法と【銀我転針リプレイス・ダーツ】辺りを併用して空路を進むかだろうと漠然と思っていた。


「ああ……」


 勇者は聖剣を指差す。虹の7色に分かれたその刃は、淡く光を溜め込んでいる様子だった。


「こいつは何かを“届かせる”っていう性質を強く持っている。それが適用されるのは、何も攻撃に対してだけじゃない」


「人を運ぶ力がある……と?」


「その通り」


 流石にこれだけの人数を運ぶのは初めてだけどな、と、勇者は浜辺の方向を見やる。そこには、今もメフィストフェレスが解放した人々がいるはずだった。劇場魔法の加護がもうない以上、早めになんとかした方が良さそうだった。


「ええと最終的には…………被害者は613名に上りましたか。あの、わたくしが配役したの150名だけのはずなんですが」


 メフィストフェレスが終了した劇の管理板を呼び出して見返しながら困惑の声を漏らす。


「俺を長く監禁しておくためにそれほど大量の魔力を欲していたのか……万一に備えて人質を増やしておきたかったのか」


 あるいはその両方かもなと推測するユウジへと、クロは顎に手をやりながら神妙なまなざしを向けていた。


(どうしたのにぃ様?)


 それを不思議に思ったのか、隣のイロハがクロに声をかけた。空気の振動を操りクロの耳にのみ声を届けているらしく、その問いかけが勇者たちに聞こえた様子はない。


 イロハが拾うと信じ、クロもほとんど唇を動かさず微かな声で返した。


(少し気になることがあってな……だが、今は脱出を優先すべきだろう。特に急ぐ話でもないからな)


(わかったわ)


「……ちなみに、黒幕とはどのような方だったのです?」


「黒い犬頭の悪魔だったな。あんたより20程階級が上だった」


「めいげんの……フラウローズ、って言ってたよ」


 急なメフィストフェレスの質問に、兄妹はすぐさま内緒話を打ち切って答えた。メフィストフェレスが腕を組みつつ首を捻る。


「ふうむ……やはり馴染みのない方のようですね?」


「ヤツの作戦を邪魔する形になったわけだが、その辺あんたは大丈夫なのか?」


「おそらく問題はないかと。手柄のための足の引っ張り合いとか割とよくあることですし。今回はわたくし以外に関与した魔王軍の方もいませんし」


「ええ……?」


 聞いたイロハが怪訝な顔をしていた。施設では集団単位での戦闘が魔人運用の基本となるだろうと教えられていた彼女にとっては、仲間同士で足を引っ張り合うなど考えられないことだった。


「予定していた演劇が潰れたことは間違いないですから、その謝罪ついでに全力で知らないフリと被害者面をし続ければそこまでお咎めはないでしょう」


「……ということは、あなたは魔王の元へ帰るのか?」


「ええ。あ、手段についてはご心配なく。条件付きとはいえ自前の転移魔法もありますからね」


「「ああ、あの砂に埋まってた時の……」」


「今度こそは大丈夫ですって!!」


 砂浜から脚が生えているという異様な光景を思い出して見事にシンクロした兄妹にツッコミながら、メフィストフェレスは脱帽する。


「それではわたくし、一足先に発つことに致します。次に出会う時はとびきりの作品をご覧に入れましょう。丁度この島での出来事という新鮮な題材もあることですし、ね!」


「……その時は是非カッパーギア辺りでお願いしたいところだな」


 作家の悪魔の逞しさに苦笑しながら、クロがそう言った。島の出来事を題材にするならば必然的に兄妹のエッセンスも作中に盛り込まれるだろうが、暫く寄り付く予定がない上にゴルディオールから正反対の位置にあるカッパーギア商業連合国で公演される分には問題ない。むしろ、軍の追手を撹乱出来るかもしれない分プラスにさえなるかもしれないという考えだった。


「ふむ、良いですねぇ!かの国はわたくしも好きでございますし、考えておきましょう。では」


 ステッキを回し、メフィストフェレスはシルクハットを軽く叩く。


「皆様の今後に、幸多からんことを……」


「色々と、助かった」


「ありがとうめふぃ。またね」


「次に会う時も、敵じゃないことを祈るよ」


 メフィストフェレスはにこやかな笑みを残し、渦を巻くようにシルクハットの中へと吸い込まれていった。


「……よし。島内にいる615名、全員ロックオン完了だ。いつでも行けるぞ」


 軽い破裂音を立てながらシルクハットが白煙を残して消失したのと時を同じくして、勇者が聖剣を高く掲げた。虹色の刃からは、螺旋を描くように極彩色の帯が立ち上っている。


「にぃ様。ダーツはみんな拾った?」


「抜かりない。……こっちも準備完了だ!頼む!!」


「オッケー。目を回すなよ!!」


 ユウジは聖剣を顔の前に立てて持ち、力ある言葉を囁いた。


「『常世を繋ぐ七色の輝きよ、迷える我らを導きたまえ』――【彼方へ通ず虹の架け橋ビフレスト】!!!!」


 煌めきが、一直線に天頂へと突き進む。


 ユウジが蒼穹に投げ放った聖剣が、無数の色の帯を地上へとバラ撒いた。降り注いだ光帯は島の人々を次々と包み込むと、急速に小さくなっていく聖剣に引かれるようにして天空に誘っていく。


 それはもちろん、勇者本人と兄妹も。


「にぃ様!」


「ッ!!」


 引き上げられる寸前で兄妹は手を繋ぎ合い、共に空へと旅立った。


 一筋の、大きな虹となって。

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