魔人兄達は作家を労う
「……綺麗」
天を仰ぎながら、イロハは呟いた。吸い込まれそうな青空と、そこから注ぐ暖かな日の光。思えば、イロハの頭上は常に何かで覆われていた。施設の冷たい天井に始まり、遺跡のゴツゴツした岩盤や吐き気を催す偽りの曇天。竜の背中に乗って樹海を進んでいた時も、生い茂る枝葉のせいでろくに空を見ることは出来なかった。
だが、今は何もない。
イロハの視界を遮る、邪魔者は1つも存在しない。
瞑目して両手を目一杯広げ、イロハは全身で潮風を感じていた。
「終わった……な」
そんな妹の様子を微笑ましく見つめながら、クロが魔銀の杭を取り上げてポケットに収める。
「黒幕は討ち果たした。拉致された人々も救い出した。戦果としては最高だろう」
続いて、ユウジがフラウローズの魔晶を拾い上げた。深緑の珠は、持ち主のローブを思わせる妖しい光を湛えている。
「ところで、2人は脱出の算段はあるのか?」
「……そういえば、具体的なプランを用意してはいなかったな」
黒幕の打倒ばかりを考えていてその後のことにまで頭が回っていなかったことに気付き、クロは周りを見渡した。フラウローズの作った幻影の森や、あの高台さえも消え去っており、見通しはかなり良い。
やがて少し離れた海上に陸地を見つけ、クロはそこを指した。
「ひとまず魔力が回復したらあそこに渡って、それからはまた放浪の旅だな。行く宛てはないし、帰る場所も俺たちにはない……」
「よし、それなら俺と一緒にメダリアへ行こう」
唐突な発言に、クロは思わず目を丸くした。口振りからするとユウジには脱出の手段があるようだが、それに兄妹が付いて行くことも既に決定事項であるかのように聞こえる。
「いや、いいのか……?」
「当然。というか、討伐証明の為に
「待て……何を、誰に渡すって?」
「この魔晶を、君たちに」
躊躇なくそう言い切った勇者に、クロは絶句した。マジックアイテムや武器防具の材料など、魔晶の用途は多岐に渡る。特に多量の魔力を含む将軍級の物ともなればその価値は凄まじいものがあり、迷いなく他人に明け渡せるようなものではない。
「2人には、こんなものより、余程価値のある物を守ってもらったからな。お礼の気持ちだよ」
(なんというお人好しか……いや、だからこそ“勇者”に選ばれたのだろうか)
“他人の為に、迷いなく己の力を使える人間”。施設に多くいた、「皇帝陛下の為に」が口癖の連中とはまた違う人種だとクロは考えた。相手が皇帝だろうがスラムの浮浪児だろうが、彼は乞われれば分け隔てなく力を貸すのだろう。
「……そういうことなら、ありがたく頂こう。正直に言えば、是が非でも確保したい素材ではあったからな」
「ははっ、だろうね。滅茶苦茶目がギラついてたし」
「なんっ……!?」
苦笑するユウジに、再び絶句するクロ。そこまで物欲しそうにしていたつもりはなかったのだが、勇者にはお見通しだったらしい。
その時、
「皆様ぁ!ご無事でございますかー!!」
西側の砂浜から、メフィストフェレスが走って来た。もう行く手を阻む幻影の森も強制移動も存在しないため、作家の悪魔は難なく3人の元に到達した。すると、互いを認めたユウジとメフィストフェレスが同時にリアクションを見せる。
「あれ、あなたは……」
「やや!?これはこれは……」
メフィストフェレスは体勢を整えると、慌てたようにシルクハットを脱いで深々と頭を下げた。
「えー……勇者様。この度は、わたくしの不甲斐なさ故に、このような事件に巻き込む結果となってしまい大変申し訳ございませんでした」
「いや、俺としてはむしろあなたに感謝してるくらいだ」
え……?と、メフィストフェレスが顔を上げると、今度はユウジが頭を下げた。
「ありがとう、街の人たちを解放してくれて。詳細は全部、あなたたちに同行していたこの聖剣から聞いている」
メフィストフェレスはぎょっと目を見開いて勇者の聖剣を見やった。ここに来てようやくかの謎の物体Xの正体を知り、作家の悪魔の中で色々な疑問が氷解していく。
「あなたが百魔将ではなく1人の作家であることを貫いてくれたおかげで、皆救われたんだ。本当に、感謝しかない」
勇者は考える。メフィストフェレスが関わっていなかったらどうなっていたのかを。囚われた街の人々は、水も食料もない幻影の島でじわじわと干上がるか、あるいは森に踏み入り黒犬に襲われて廃人にされていたに違いない。勇者を封じる為に“木”の
感謝される経験などほとんどなかったメフィストフェレスはおろおろとした。
「あ、頭を上げて下さい勇者様。むず痒うございます……」
「そこは素直に誇って良いと思うぞ?俺たちもあんたには随分助けられたんだからな」
クロは思い返す。森の中での後方支援といいフラウローズ戦での黒幕の急所を突く活躍といい(ついでに切り札の素材の提供者であることといい)メフィストフェレスは間違いなく無能などではないだろう。
「今まで無能の謗りばかり受けてたから麻痺してるのかもしれないけどな、あんたは自分で思ってるよりポテンシャルはあるはずだ。自信持てよ」
まあそれで人間に牙向かれちゃたまったもんじゃないが、とクロが付け加えると、メフィストフェレスは滅相もないと激しく首を横に振る。
「もう荒事はまっぴらです。私は大人しく、脚本作りをしている方が性に合ってますよ……」
「ほんとにどこまでも魔物らしくないなあんた……」
そうして、男3人は青空の元で笑い合うのだった。
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