作家の悪魔は幕を下ろす
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「おや」
浜辺に沿って歩いていたメフィストフェレスは、森の上空で赤い光が弾けるのを見た。1発目の後、間をおいて更に2発の輝き。それは、打ち合わせの際にクロに頼まれた仕事を実行せよという合図だった。
「ふむ、いよいよわたくしの出番という訳ですね?」
メフィストフェレスは帽子の角度を調整し、ステッキをクルリと回す。
「であればこのメフィストフェレス、全霊を持ってそのご期待に応えさせていただきましょう!!……ご来場の皆様、並びに参加して下さった演者の皆様――」
口許にステッキの先を添えると、作家の悪魔の声が浜辺中に拡散した。メフィストフェレスはそのまま内に秘めた魔力を励起させつつ、浜辺に突き立つオブジェの1本1本――巻き込んでしまった人々の1人1人に届くように言葉を紡ぎ続ける。
この予期せぬ横槍で破綻してしまった物語を、終わらせるために。
「大変名残惜しいですが、今宵の公演はここまででございます。わたくしの一夜限りの舞台にお付き合い下さり、まことにありがとうございました――」
本来は、勇者と魔王の激闘を描く物語となる予定だった。メダリアを舞台に選んだのもそのため。勇敢な兵士か騎士の誰かを勇者と魔王の役に据え、血沸き肉踊る戦いを演じて貰えればそれで良かった。
だが、取材の過程でメフィストフェレスは、奇しくも劇場魔法の対象に本物の勇者……ユウジ・ブレイブス・モノクロームを捉えることに成功してしまった。これは間違いなく過去最高の傑作に出来る、こんな千載一遇の機会を逃しはしないと、メフィストフェレスは迷わずその時点で脚本を一から作り直した。“勇者が勇者を演じることを前提とした脚本”。出来上がったそれは、魔王様もさぞや興奮なされることだろうと確信を持てる出来映えだった。
だが結果はこれだ。
二度とは作れぬ最高傑作は、見知らぬ何者かの手で夢と消えた。
あまりにも、あまりにもやりきれず、さりとて拳を振り上げようにもそのぶつけ所が分からず。どうしようもない虚無感を抱えたまま、メフィストフェレスは穴の空いた自分の心の中のような、命無き島を彷徨った。森に踏み入っては犬に追われて、逃げ出そうとしたら砂浜に埋まり――
彼らに出会ったのは、そんな時だった。
『この手を取れよ。あんたが抱えてる無念、やるせなさ、徒労感その他諸々、俺たちの苛立ちも上乗せして代わりに黒幕へ叩き込んでやる』
灼熱を瞳の奥に秘めた、人とも魔物ともつかない男のその言葉は、正に“福音”だった。
「どなた様もお気を付けて、日常へお戻り下さい」
脱帽して深々と一礼し、メフィストフェレスはステッキを天に掲げる。
「『
【
ステッキが眩い輝きを放ち、見えない波動が島の全域へと広がって行った。
それは、劇場魔法【
メフィストフェレスのすぐ側にあったオブジェが細かな塵となって崩れ落ち、代わりに気を失ったエプロン姿の若い女性が現れた。それを皮切りにして、浜辺に立っていたオブジェが次々と人間に戻っていく。
「わたくしの役目はここまでにございます。……後は、宜しくお願いしますね」
一仕事終えたメフィストフェレスは心静かに、島の中心を見つめていた。
同盟者たちの、勝利を祈って。
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薔薇が、枯れる。
黒犬の生産がストップし、濁流が勢いを喪失する。吐き気を催すような色が狂い咲く曇天は軋みを上げて亀裂を生じ、剥がれ落ちた部分から真の青空が覗く。
悪魔が作り上げた幻が、徐々に崩壊を始めていた。
「馬鹿な……いったい何が……!?」
フラウローズは狼狽し、すぐさま原因を探る。それは、あまりにも単純なことだった。
「魔力供給の急激な減少……捉えたはずの
「いいや」
睨み付けてくるフラウローズへ冷ややかな視線を返しながら、クロは否定する。
「お前が
森への突入前、クロはメフィストフェレスにこう依頼していた。“時が来たら火球を3発打ち上げるから、それを合図に劇場魔法を停止させてくれ”と。
この迷幻の孤島は、メフィストフェレスの劇場魔法と、フラウローズの幻影魔法が混ざりあって成立している。劇場魔法を停止させること自体は可能だったが、その場合残ったフラウローズ側の魔力がどうなるか未知数だった為、迂闊に実行することは出来なかった。最悪、暴走した魔力によって島そのものが崩壊する可能性さえあった。建物を支えている2本の柱の、片方を引っこ抜くようなものだ。
だがそれは、黒幕であるフラウローズを倒した場合も同じこと。この場合暴走する危険性があるのは劇場魔法側の魔力のため、タイミングを合わせてメフィストフェレスに劇場魔法を停止して貰う必要があった。クロの依頼は、元々はそのためのものだった。
だが、状況は変わった。
完全な膠着状態を打破するため、クロは人質解放によるフラウローズの弱体化を優先した。
「……ッ!?おのっ……おのれぇ……!!」
一方で、逆上しながらもフラウローズの判断は早かった。展開している【
結果として薔薇は生気を取り戻すが、黒犬の追加生産はストップしたままだった。
「なら、もう遠慮する必要はないってことだな!!」
状況を理解した勇者が再始動する。もう自分の手で、街の人々に苦しみを強いることはない。勢い付いた七色の閃光が、次々に黒犬の群れを屠って行った。
しかし黒犬は倒せても、勇者には肝心のフラウローズに対する決定打がない。
(どうするつもりだ……クロくん)
勇者の視線の先で、クロの右手が青白くスパークした。
(順番は前後したが……問題ない)
クロは内心でそう呟く。勇者が前衛を引き受けてくれたおかげで、
(制御を失った魔力が暴走する前に、奴を仕留めるだけだ……)
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