魔人妹は立ち塞がる
「馬鹿の1つ覚えのように突撃ですか。無駄だと言うのが何故分からぬのです!!」
正面から接近してくるクロを嘲笑しながら、フラウローズが杖を振るう。悪魔の背後にそびえる巨大な薔薇の壁がにわかに蠢動し、絡み合う太い茎から暗緑色の棘が無数に放たれた。
「【
対するクロは足を止めぬまま、手首のスナップで5本のダーツを後方上空へ投じた。その内4本が鋭角な軌道で飛び回り、クロへの直撃コースにある棘のみを正確に打ち砕く。
舌打ちをしたフラウローズはなおも杖を振るい、木の根の槍を地面から突き出させると共に四方から犬の群れをけしかけた。しかし後方から迫る群れは瞬時に吹き荒んだ突風――【風駆け】状態のイロハによってバラバラに刻まれ、残りも針の乱舞に牽制されてクロの歩みを阻むには至らない。
根の刺突攻撃を軽く身を捻ってかわしながら、クロは投じたダーツの最後の1本が薔薇の壁を越えたことを確認した。
「『汝、我が道行きを指し示す者なり。其の歩みすなわち我が歩みの軌跡』――」
「かくなる上は……!!」
魔法を詠唱しながら、クロは悪魔に肉薄する。それを迎撃すべく、フラウローズは両手で握り込んだ杖の先端に魔力を収束させた。黒い粒子で形成された斧刃が、細かく振動しながらクロの身体を両断せんと振り下ろされる。
「――【
悪魔の手に返って来たのは肉を切り裂く感触では無く、金属質の物体を叩き落としたような手応え。
「む……!?」
見れば、そこにはクロの周りを飛び回っていた銀色のダーツが落ちているのみ。
「やつは何処に……まさか!!」
不意に背筋を走った悪寒と共に、フラウローズは勢い良く振り返る。薔薇の障壁を地中へ引き込むと、高台に続く坂道を駆ける黒いコートの背中が見えた。
これまで嘲りの表情ばかりだった悪魔の顔に、初めて焦りの色が浮かんだ。
「おのれ行かせるものですか!!」
悪魔が杖の柄で地面を連打する。幻影の薔薇からの黒犬の生成速度が急激に跳ね上がり、さながら黒い滝のようになっていた。落着した犬の群れは黒い濁流と化して、高台の入り口に殺到する。
「――【
それを、突如爆発したように拡散した暴風の刃が吹き飛ばした。爆心地には、ピアノの鍵盤をあしらったドレス姿のイロハが、極彩色の光を照り返す白刃を手にして坂道の前に立ち塞がっている。
「にぃ様の……邪魔はさせない……!!」
「忌々しい小娘が……たった1人でこの物量に抗えるとでも!?」
「1人?……違うわ――」
不意に地表を走った突風が、巻き上げた銀色の輝きをイロハの元へ運ぶ。それは【
「――例え離れていたって、心はいつも共にある」
直後に一陣の風と化したイロハが、白銀の流星を伴って悪魔の軍勢に突撃した。不可視の刃が閃き、放たれた【
一部の犬たちはその隙を突いて高台へ向かおうとするが、イロハが操る風に乗って襲来したダーツの群れがそれを許さず、多方向からそれらの身を貫いて歩みを阻む。クロの投擲に比べると飛翔する速度こそ劣るものの方向転換には制限がなく、より柔軟に、縦横無尽に飛び回って犬の軍勢を翻弄する。加えて小規模ながら【
それらを軍勢の最後方から俯瞰しながら、フラウローズは姿の見えないイロハに向けて不可視化を解除する看破魔法を使い、そしてその手ごたえに首を傾げた。
「看破魔法を受け付けない……?ただの不可視とは根本的に何かが違うということですか」
イロハの【風駆け】は自らの存在を風と合一させ、地形を無視した行動を可能にさせる。同時に発動する不可視化については、風との合一によりイロハの身体が一時的に空気の流れへと変じて見えるようになったことによるものであり光学迷彩や幻術の類ではないため、一部の看破魔法が意味をなさないという特徴があった。(このことは遺跡での“戯れ”の際に知る限りの看破魔法を一蹴されたクロによって判明した)
しかし、あくまでも“空気の流れに見える”だけであり、イロハの身体そのものはきちんと存在している。不可視化と高い機動力により攻撃を当てることこそ困難だが、攻撃自体を無効化出来るわけではない。
姿ははっきり見えるが実体のないフラウローズと、姿こそ見えないが実体はあるイロハ。性質上、両者は丁度対極の位置にあると言えた。
(まあ、いいでしょう。実体はあるようですし、私の軍勢は文字通り
イロハが数十匹の黒犬を一挙に薙ぎ払うも、波のように押し寄せる犬の群れがすぐさまその穴を埋め直す。その減った分も周囲の薔薇から即座に再生産された。
(……それより、問題はあちらですね。なんとか隙を突いて追っ手を差し向けねば)
高台への道を鋭く睨みながら、フラウローズは杖を振るう。坂道へ突進した犬たちがまたも寸前で銀の流星に全滅させられたのを見て、悪魔は思わず舌打ちした。
(あそこには……何者も向かわせてはならないのです……!)
その顔に嘲笑は、もう欠片も残っていなかった。
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