魔人兄妹VS黒幕 続

 八つ当たりのように周囲の犬を貫きながら、悪魔の身体を喰いそびれたダーツの群れが【明晰なる飛空刃シャープ・シューター】の最終シークエンスに入る。


「き、効いてないの!?」


 戦闘の流れでクロの近くまでやって来たイロハが、突風の刃を飛ばして犬の群れを蹴散らしながら驚愕の表情を見せた。


「……厄介なことになった。どうやら想定していた中でも最悪のパターンを引き当てちまったらしい」


 戻って来た針たちを回収しながら、クロは苦々しげに呟いた。視線の先では、フラウローズが嘲笑を浮かべている。


「ヤツはそもそも、俺たちと同じステージには立ってない。存在する空間がるんだ。だから魔法も攻撃も届かなかった」


「空間が……ずれてる……?」


 イロハは犬の群れを相手取りながらフラウローズに視線を向ける。悪魔は余裕と嘲弄を含んだ笑みを貼り付けたまま、杖を指揮棒の様に振るって犬の群れを統率していた。しかしその動作で空気が撹拌されることはなく、嘲笑で吐息が漏れることもない。


 要はあいつに攻撃するのは鏡像や湖面の月に対して攻撃を加えるようなものっていうことだ、と、クロは手短に説明した。フラウローズにダメージを与えるには、空間の壁を越えた先にいる本体に攻撃を届かせなければならない。


「だがまあ、安心していい。こんなこともあろうかと隠し球を用意してある。ちょっと下準備が要るがな……」


 犬を斬り倒しながら心配そうな視線を向けるイロハへ、クロは小声でそう伝えた。


「なら、その時間は私が稼ぐわ」


「恩に着る」


「お喋りとは良い度胸ですね!」


 ほとんど1ヶ所に固まっている形になっていた兄妹へ、フラウローズの足元から出現した木の根がのたくる大蛇の如く躍り掛かる。兄妹は瞬時に散開してそれを回避すると、イロハは【風駆け】を発動して姿をくらまし、クロは“切り札”の準備に取り掛かった。


 主にポケット内部に広がる空間へと、クロは魔力を集中し始める。必要なチャージタイムはおよそ1分といったところだが、イロハなら余裕で稼ぎきれる範囲だとクロは考えていた。実際、縦横無尽に動き回るイロハはクロに近付く犬たちやフラウローズが飛ばして来る木の根の槍を片っ端から斬り刻んでおり全く寄せ付けていない。


 邪魔は、クロの予想の外からやって来た。突如として、クロの脳内を疼痛にも似た不快な感覚が満たす。


「……ッ!?」


 一瞬、悪魔の精神攻撃か?と思ったクロだったが、すぐに何らかの意識誘導によるものだと気付き、不快感が薄くなる方向――おのれの足元へ視線を向けた。


 そこには、戦闘開始と同時に、邪魔にならないよう手放したはずの物体Xがあった。クロが怪訝な表情で見つめると、物体はクロの意識を更に別の方向へと誘導してくる。


 すなわち、あのへと。


(あそこへ持っていけ、と?なんでまたこのタイミングで……)


 出鼻を挫かれた形となったクロは忌々しげにそう考えたが、思い返せば、この物体には元々高台を目指しているような節があった。放置すれば高台の方を向き、クロたちが森の突破に手こずりそうだと見るや、勝手に動いて強制移動の境界を消し去り七色の道を作って見せた。まるで、焦れたかのように。


 加えてフラウローズが、戦闘前に発した言葉。


『元より、私が降りて来たのはあなたたちが持っているソレを回収して放逐し直すため』


 その一言が、物体Xはフラウローズにとって不都合な存在であるということを証明している。浜辺でイロハとメフィストフェレスが語っていた仮説の、何よりの裏付けとなり得た。


「試してみる、価値はあるか」


 どの道、このまま邪魔をされ続けては切り札の準備もままならない、と、クロは大人しく物体Xに従うことにした。その意思を誘導を逆行するようにして伝えると、ようやく不快感が消えて一気に頭がスッキリする。


「にぃ様!大丈夫!?」


 そこへ、様子のおかしい兄を心配したイロハが【風駆け】を解除して駆け寄って来る。クロはイロハを引き寄せて額を一瞬触れ合わせ【共感幻像トレース・ビジョン】を使用した。物体Xの誘導に従うという旨を、瞬時に妹の脳へ伝達する。


「わかったわにぃ様。背中は任せて!」


「すまない、頼んだ!」


 再び【風駆け】を使ったイロハが消え去る前にダーツを数本手渡し、クロはすぐさま立ち位置を入れ替えて前に出る。ダーツに加え、その手に未だ砂まみれの物体を携えて。


「無事着いたら……いい加減、正体を明かしてくれよ?」


 物言わぬ手元の砂塊を一瞥し、クロは再び、悪魔に向けて走り出す。

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