魔人兄妹VS黒幕

 先手を取ったのは、迷幻の悪魔の方だった。


 いつの間にか忍び寄って来ていた太いイバラが、兄妹の四肢を背後から絡め取って宙に磔にする。


「っ……!?」


 イロハが驚愕に目を見開く。拘束されるその瞬間まで、風を読んでいたはずのイロハでさえイバラの接近に気付くことが出来なかったのだ。


(まさかこれも幻影なのか?森の木々同様、実体のある……!)


 四肢を戒めているそれの感触は完全に植物のものだったが、“空気に触れてさえいればあらゆる物体の動きを読み取れる”はずのイロハの能力が通じなかった以上、このイバラも黒幕の魔法による産物という可能性が濃厚だった。おそらく、実体と非実体の状態を悪魔の意思一つで自在に切り替えられるのだろう、とクロは推測した。


「このまま串刺しです」


 見下ろせば、2人の手前の地面から鋭く尖った木の根が覗いている。丁度、兄妹の心臓を狙うような角度だった。しかしその根が射出されるよりも早く、兄妹を縛りつけていたツルが突如力を失い、痙攣するように震えながら地面へと墜落していく。


「おや?これは想定外ですね……」


「あいにく、縛られるのは大嫌いなんでな……」


 戒めが解かれた兄妹を見て、自由なる旅人の装束ワンダラーズ・クロスの【拘束封じ】など知る由もないフラウローズは訝しげに首を傾げた。しかしそれも一瞬で、


「まあ、いいでしょう。それならば私の【いと昏きブラックドッグ・魔犬の森フォレストヘル】を骨の髄まで堪能していただくまで――――です!」


「!!……にぃ様、森が!」


 おもむろに掲げられた杖の先端に咲く赤薔薇が妖しい輝きを放ち、同時にイロハが森の異変を察知した。まず外縁部から徐々に木々が消滅していき、元の半分程度の面積にまで森が縮小する。続いて森を構成していた幻影の樹木が身を捩るように蠢き、次々に巨大な赤薔薇へと置き換わっていった。どうやらこれが本来の幻影の森の姿であり、同時に展開範囲を狭めることで魔力を一極集中させたらしい。


「如何です?この美しい景色の中で死ねるのです。末代までの誉れとなりますよ?」


 背後に伸びる坂道を塞ぐようにイバラの壁がせり上がったことをチラリと確認しながら、フラウローズは得意げに笑った。


「悪趣味」


 あまりの毒々しさに、イロハは思わずそうこぼす。咲き乱れた薔薇は一様に淀んだ色合いをしており、本来薔薇が持っているであろう鮮烈さや高貴さなどは微塵も感じられなかった。


 その淀んだ薔薇の花は一斉に小刻みな振動を始めたあと、重なった花弁の奥から黒い塊を吐き出した。塊は地面に落着すると不気味に蠢きながら形を変え、やがて首回りに薔薇の花びらをたてがみの如く纏い、背中から幾本もの刺々しいイバラのツルを生やした黒犬を作り上げた。森で出会った時のような平面の姿ではなく、1種の生物として違和感のないデザインとなっている。こちらも薔薇の森同様、真の姿を見せたようだった。


 数は見える範囲でも数十体。森の奥からも唸り声が聞こえることから、百には達しているのではないかと思われた。


「さあ我が眷族たち、食事の時間ですよ。残らず食い尽くしなさい!」


「犬は私が引き受けるわ!」


「ならばあいつは俺が相手をしよう」


 飛び掛かって来た犬の群れをイロハが強烈な下降気流を発生させて叩き落とし、クロはその場に物体Xを落として【加速アクセル】や【小さき勇者にライジング、希望あれ・ホープ】などを無詠唱で行使しながらフラウローズへ肉薄する。もちろん、イメージをマイナス方向へ誘導し魔法の誤作動を誘発する【大いなる悪にフォールン、絶望あれ・デスペアー】も織り混ぜていたのだが、


(……手応えが、ない)


 魔法を掛けたはずのフラウローズからは何のフィードバックもなかった。弾かれた訳でも、抵抗レジストされた訳でもない。それ以前にフラウローズまでように感じられた。


 猛烈に嫌な予感を覚えながらも、クロはコートの袖から放たれる電光を纏った牙のナイフを突き出した。迷幻の悪魔の喉笛を正確に狙う一撃。しかしそれは、悪魔の身体をすり抜けてしまいダメージを与えることが出来ない。


「無駄ですよ?」


(だろうな)


 ここまではクロも想定していた。シャルロテが示唆していたし、イロハの観測でもフラウローズに実体がないことは実証されている。


 だからこそ、クロは攻撃手段を整えて来たのだ。


 透過したフラウローズをそのまま突き抜け、クロは高台を塞ぐイバラの壁を垂直に駆け上がる。両手に計10本の幽冥閃針アストラル・ダーツを扇状に構えて頂点から背面宙返りしつつ、クロは悪魔を数メートル直下に捉えた。


 直後に【明晰なる飛空刃シャープ・シューター】が付与されたダーツの雨が迷幻の悪魔に襲い掛かる。その1本1本が、魔力で編まれた形無き霊体をも穿つ破魔の力を宿しており、それぞれの弾速は剛弓によって射られた矢のそれに匹敵する。


 この距離では最早回避は不可能、殺到する幽冥閃針アストラル・ダーツの群れは、確実に悪魔の肉体を破壊するだろう。


 そのはず、だった。


「だから――」


 悪魔の身体に触れたダーツの群れ。しかし、それらは波紋のようなものを宙に残し、


「――“無駄”と、言ったでしょう?」


 その身を、すり抜けてしまったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る