魔人兄妹の打ち合わせ
「と、突破!?この魔の森をですか?」
メフィストフェレスが驚愕を露にする。
島の内陸部全域を覆っている、幻影の樹木で出来た森。踏み入る者を惑わして浜辺へと送還する上、無尽蔵に現れ魔力を奪い取る黒い犬によって襲撃される危険もある、魔の森だった。目指す高台には、ここを突破しなければたどり着けない。
「ああ。少なくともさっき試した結果は良好だった」
クロが満足そうにダーツを指先でくるくると回す。
「この島は転移先の座標が安定しないっていう話はしたよな?」
「ええ。そのせいでわたくし砂に埋まる羽目になった訳ですしね」
この島で転移魔法を使おうとすると、転移先として設定した座標が数瞬ででたらめな数値に変化してしまい狙った場所へ転移することができない。さながら、“転移先をルーレットで選択するような状態”となってしまう。
「だが、それにも例外はあった」
クロは弄んでいたダーツを砂の上に落とす。
「既に何かしらの物品や生物が存在している地点の座標は変動しないらしい。俺たちが立っているこの場所や、今ダーツを落とした所なんかがそれだ」
転移魔法は、自分あるいは転移させたい対象の座標を、転移したい座標の数値へ書き換えることで発動する。最も基本的な転移魔法【
故に、クロは気付いていた。転移先の座標の数値こそルーレット状態だが、自分がいる地点の座標は固定されているということに。
「ならば話は簡単だ。自分のいる座標と別の物体が存在する座標、それをそっくりそのまま利用すれば転移することは可能だということ。このように……【
唱えた瞬間、クロと砂の上にあった
「おお!本当に転移が……」
「すごいわ、にぃ様!」
メフィストフェレスが興味深そうに片眼鏡を直し、イロハは感激に手をたたく。クロはダーツを取り上げ、手の中でくるくる回した。
「こいつを使って、森で発生する強制移動を回避しようという算段だ。上手くいったなら……そのまま黒幕へ殴り込みをかけられる。終わりは近いぞ……?」
そう言って、クロは高台の方へと、挑戦的な笑みを向けた。
◼️◼️◼️◼️◼️◼️
ワーム肉のステーキで腹ごしらえをしつつ、3人は高台突入に向けて最後の打ち合わせをしていた。
「高台には、俺とイロハで向かう。メフィストフェレスには他にやって貰いたいことがある……というより、囚われの人々も含め全員で脱出するにはあんたが必要不可欠だから、直接危険に晒す訳にはいかない」
「ふむ……正直、わたくしが付いて行っても戦力にはならない気がしますしね。ささやかな嫌がらせがせいぜい……いえ、あの犬には一応効きましたが」
「……黒幕については、ほとんど情報がない状態だもんね」
咀嚼したステーキを飲み込み、イロハが呟く。この幻影で出来た島を作り上げ、多くの無辜の人々を虜囚とした【黒幕】。現在の所、幻影の魔法の扱いに長け、物理攻撃の通じない相手――この情報に関しても、シャルロテの迂遠な忠告を元にクロが想像を巡らせた結果であり、確定ではない――というくらいしか、兄妹は推測できる材料を持っていない。そしてそれは、メフィストフェレスも同じであるらしかった。
「申し訳ありませんが、わたくしも心当たりはございません。同じ魔将でも前線に出るような方々とはほとんど交流の機会がないものでして」
「仕方がない……か」
「今回は……出たとこ勝負になりそうね」
ステーキを飲み込み、イロハが呟く。
「それで、めふぃにやって貰いたいことって?」
「ああ……それはな――」
クロはメフィストフェレスへと今後の作戦を伝えた。
「――なるほど。確かにわたくし、責任重大でございますね。ですが問題はございません。全てお任せ下さい」
得意げに、メフィストフェレスは胸を叩いた。
「助かる、これで後顧の憂いはない。殴り込みに集中できる」
あとは、と、クロは視線を落とした。その先には、いまだ砂に包まれたままの物体Xが無造作に置かれている。
「問題はこいつか……」
食事の最中に、クロもイロハとメフィストフェレスからこの物体に関して、新たに“静止状態のまま放置すると高台を示すように方向を変える”という性質が明らかになり、“黒幕がこの物体を遠ざけるために北の端に埋めたのでは”という仮説も立ったということを聞いていた。
「結局、こいつの謎は1つも解明出来なかったな……」
「なんであそこに埋まってたのかとか、にぃ様の記憶呼び出し魔法なら分かるかなって思ってたけど……」
「拒絶……されてましたしねぇ」
指定した地点に記憶された出来事を映像として呼び出す、クロの魔法
「こうなると、2人の仮説が正しいことを信じるしかないという、一種の賭けにはなるが……」
クロは無造作に物体を拾い上げる。表面に付着していた砂がパラパラと落ちるが、一定量以上の砂はやはり物体から離れようとしない。
「俺としては、そう分の悪い賭けじゃないと思う。仮にこれが黒幕の罠だとしたら、俺たちには既に何らかの悪影響が出ていてもおかしくないしな。例えば持っていると魔力を吸われていく、とか」
「ありそう」
空になった皿に洗浄魔法を使いながら、イロハは森で戦った犬モドキを思い浮かべていた。森への侵入者を排撃しながら、魔力を奪い術者へ還元する装置でもある魔の猟犬たち。その使い手たる黒幕であれば、クロの言うような罠を仕掛けることなど造作もないことだろうと思えた。
「そういう訳だ。これは持って行くことにする」
「すぐに発たれるので?」
「ああ、回復は済んだし、切り札も忍ばせた。後は終わらせるだけだ」
言いながら、クロはイロハ型ゴーレムを操り拠点を片付ける。イロハも綺麗になった皿を兄のポケットに押し込みながら隣に立った。
「準備出来たよ」
「良し、では出発だ。吉報を待っててくれ」
「御武運を」
メフィストフェレスと硬く握手を交わし、兄妹は不気味な闇色の森へと踏み込んで行った。
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