魔人兄妹は模擬戦をする

 ひとしきりはしゃぎまわり、周辺にある岩という岩を仕込み杖で撫で斬りにすると、イロハは興奮冷めやらぬといった様子でクロたちの元に戻って来た。


「すごいわにぃ様!全く力を入れなくても岩を斬れるんだもの!!」


「いや、正直あの切れ味は予想外だった。お前の技量によるものかもしれないが」


「稽古して貰ったおかげかしら?」


 と言いつつ、イロハは孤高の風精が宿る胸に手を当てた。遺跡を脱出して以来、ジルヴァンには会えない日が続いている。魔晶の世界に行ける条件が分かっていない以上ただの偶然かもしれないが、イロハは少し心配だった。


「だが、その杖の真価が発揮されるのは【乱流刃ストーム・セイバー】を使った時だ。試してみろ」


「そうなのね!……あ、でももうがないわ?」


「大丈夫だ。相手なら俺がする」


 そう言って距離を取るクロの手にいつの間にか見慣れない武器があることに気付き、イロハは急いで風の刃を仕込み杖の刀身に宿す。


 その感触は、正に“劇的”と言って良かった。


「わぁ……」


 魔力を風へと変換する効率も、生み出された刃の切れ味や強度も、以前までとは比べ物にならない。今の自分に斬れぬものなどないと、【小さき勇者にライジング・希望あれホープ】を受けた訳でもないのに自信が湧いて来ていた。


「ルールは単純だ。1分間、俺の攻撃を全て打ち払え、以上!」


「わかったわ!」


「本当にシンプルですね!?」


 メフィストフェレスが巻き込まれないようにその場からそそくさと退避するのを見て、クロは開始の合図をした。


「では始めよう!」


 無造作な手首のスナップで放たれた長さ20センチ程の銀色の針のようなもの(模擬戦仕様なのか先端が潰れている)が5本、15メートル程先にいるイロハへ襲いかかる。無詠唱の投擲強化魔法が付与されているらしくその弾速はかなりのものだが、空気の流れを読むイロハはそれらを容易く斬り払った。バラバラと、弾かれた針が砂浜に墜落する。


 しかし、兄の攻撃がこれで終わりなはずはないと、イロハは一瞬も警戒を緩めなかった。案の定、運動エネルギーを失って地に落ちたはずの針の群れはすぐさま推進力を取り戻しイロハ目掛けて殺到した。イロハが身を捻りながら白刃を振るってそれらをいなすと、針の群れはまるで意思があるかのような挙動でクロの手元に帰って行った。


「流石だな。だが本番はこれからだ……【明晰なる飛空刃シャープ・シューター】!!」


 満足気に笑いながら、クロは両腕を軽く振った。袖口のポケットから滑り落ちて来たらしい新たな5本を加えた計10本の銀針が、右、左と時間差で投げ放たれる。先程よりも飛翔の速度は緩やかだった。


 針はイロハを左右から囲い込むように弧を描くような軌道で飛んでおり、イロハはそれを迎撃するべく上段に杖を構えていた。スタンバイしているのはジルヴァンから受け継いだ技の1つ、強烈な下降気流ダウンバーストのスクリーンで前方広範囲を薙ぎ払う、【荒風あれかぜ】。


 しかし、【荒風】の射程圏に入る直前で、針の群れは突如見えない壁に突き当たったかのように軌道を変えた。


「!?」


 カクカクッ、と、鋭角な軌跡を描きながら、針の群れはあっという間にイロハを全方向から取り囲む。その上クロの手から放たれた瞬間よりも明らかに飛翔のスピードが上がっていた。


(私の、知らない魔法――!)


 この挙動は先程兄の発した魔法が原因と確信したイロハだが、あまり分析する時間は残されていない。構えはそのまま、スタンバイする技だけを別の物に切り替える。襲い来る針の群れが射程に入ったことを感じ取り、イロハは仕込み杖の刃を勢い良く振り下ろした。


「……【虹割にじわかち】」


 瞬間、イロハの身体を取り囲むように不可視の斬撃が7度発生し、銀の輝きが悉く砂浜へと打ち落とされた。獲物を捉え損ね、針の群れは心なしかフラフラとした動きで浮き上がると再びクロの元へ帰って行く。


「1分だ。素晴らしいぞイロハ」


 銀針を1本だけ残して全てポケットに納め、歩み寄ったクロがイロハの頭を撫で回す。


「えへへ。……そういえば、こういう模擬戦って初めてだったかもね」


 喉を撫でられた猫のように目を細めながら、イロハが呟く。思い返せば、兄妹で手合わせをしたことはこれまでなかったのだった。イロハが遺跡で【風駆かざがけ】を初めてお披露目した時に似たようなことはしたが、あれはあくまでじゃれあいの域を出ないというのが2人の認識だった。


「そういえばそうだな……たまにこうしてやってみるのも良いかもしれないな。正直、楽しかった」


「私もよ、にぃ様」


 ところで、と、微笑み合っていたイロハが話題を変える。


「その針が、にぃ様の新しい武器なの?」


「ああ」


 クロは魔力を流して丸くなっていた針の先端を再び尖らせ、手のひらの上に置いて見せた。良く見れば、針にはところどころ小さな羽状のパーツが付いている。


「名付けて【幽冥閃針アストラル・ダーツ】。無論これも純魔銀ピュアミスリル製で霊体特効持ちだ」


「もうナイフを投げなくても良くなったのね?」


「その通り」


 魔力の出力に乏しく、遠隔攻撃は投擲がメインだったクロにとっては、霊体特効を抜きにしてもかなりの戦力強化だと言えた。


「後はこいつと組み合わせることを想定した魔法を幾つかと、隠し球も準備した」


「あの、軌道がカクカク変わるやつね?」


「【明晰なる飛空刃シャープ・シューター】だな。あれは我ながら自信作だと思う。……まあ、凝り過ぎて術式の方も恐ろしく複雑になってしまったがな」


 多分俺以外には扱えない、と、クロは手にしたダーツを宙に放った。ダーツは空中に美しい銀色の五芒星を描くと、再びクロの手に舞い戻る。


「他の魔法はこれから実際に使ってみよう。何しろ……」


 クロはそこで、意味ありげにニヤリと笑って見せた。


「この忌々しい森を突破出来るかもしれないからな」

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