魔人兄は修理する
それから。
一行は島の外周部を大きく回り、西の浜辺へと辿り着いた。異常の中心たる高台が、今まで見えていた断崖絶壁の裏側にあった頂上への登り坂を向けている。坂にはまやかしの木は生えておらず、土の地面が剥き出しになっていた。
しかし頂上は相も変わらず、サイケデリックな色合いの雲の渦に覆い隠されているため様子を伺い知ることは出来ない。
(でも、確実に終わりは近付いてる)
適当な石の上に腰掛け、イロハは睨むように紅い眼を細めながら高台を見つめていた。偶然とはいえ自分と兄を閉じ込め、普通の暮らしを営んでいたはずの数百人を拉致し虜囚とした黒幕が、もう目と鼻の先にいる。その事実がイロハの闘争心を掻き立てていた。
だが、幾つかの理由で今すぐ戦いに行くという訳にはいかなかった。その1つが、イロハが【
「あれから色々試してみたけど……」
イロハは視線を落とす。右手の上で、例の物体がコロリと転がった。依然としてサラサラした砂にまみれており、骨の化石のような見た目を保っている。
「結局、謎が増えただけだったわね」
コロリコロリと不規則に手のひらで転がっていた物体が、膨らんだ両端の太い方を高台に向けて静止する。こうなるまで、イロハは一切の力を物体に加えてはいない。徹底的な自己隠蔽能力、攻撃に対する自動防御、未だ条件不明なメフィストフェレスの接触の拒絶に、クロのポケット内に広がる拡張空間への進入拒否。ここまでに見せて来た能力の数々に、新たに“静止状態で放置すると勝手に動いて高台を指し示す”という不可解な挙動が加わった。
その上、性質を検証することに夢中になっていた兄妹はしばらく気付かなかったのだが、いつの間にかこの物体は魔力を放出しなくなっていた。あの将軍級もかくやという程の存在感が、嘘のように。
「ふうむ、やはり島の中心にゆかりある物ということなのでしょうか。善き物か悪しき物かは未だ判りませんが……」
近くに腰を下ろしたメフィストフェレスが、イロハの手元を覗き込むようにしながら言った。今わかっている性質だけでは、この物体が一行に利をもたらすのか、マイナスに働くのかは判断が出来なかった。
「あんなに分かり易く存在をアピールしてたのに、黒幕が完全放置を決め込んでたのも気になるね……」
「それは確かに?」
物体が放出していた、あの大量の魔力に黒幕が気付いていないとは兄妹たちにはとても思えなかった。だからこそ、物体がつい先ほどまで何の手出しもされずに放置されていたこの現状には疑問を覚えずにいられない。
「もしや……逆なのでは?」
首をひねっていたメフィストフェレスが言った。
「逆って?」
「埋まっていたコレを黒幕が放置していたのではなく、
イロハはハッとして、再び物体に目を向けた。もしもメフィストフェレスの言う通りであれば、この現状にも説明が付く気がしたからだ。
例えば、黒幕がメフィストフェレスと同様物体に拒絶されていたとしたら。例えば、この物体が黒幕に対して不都合をもたらすものだったとしたら。自身の元から遠ざけたいと思ったとしても不思議ではないのではないか。
「それならこれは……黒幕に対して有効な武器になるかもしれないってことね?」
「ああいえ、あくまでも仮説です。そうだったなら良いですね、という願望も多分に入っておりますので」
メフィストフェレスは否定するように両手を振りながらそう言ったが、この物体が悪しき物ではないという方向に針が傾いたことに変わりはないということで、イロハは多少安堵することができた。
「興味深い話をしているな」
「にぃ様!」
降って来た声にイロハが顔を上げると、新品同然の姿を取り戻した木杖を手にしたクロが立っていた。
「直ったのね!?」
「しかもそれだけじゃない。ここに魔力を通してみろ」
クロはイロハに握らせた杖の一点を指し示した。そこは木杖の折れ目があった箇所で、元の杖にはなかった銀色のリングが嵌まっている。イロハが言われた通りにリングへ魔力を流すと、カシャッという音がしてリングが上方へスライドする。
その奥に鋭い輝きを放つ何かが見えたため、イロハは杖頭を掴んでそれを引き抜いた。
「わあ……!」
現れたのは、白銀の金属で構成された片刃の刀身だった。練習用だったはずの木杖は、クロの手により仕込み杖へと生まれ変わったのだった。
「こ、これはもしや
モノクルの位置を指で細かく調整しながら、メフィストフェレスが白銀の刃を凝視する。あの地下遺跡最深部で回収されたレアメタルが、ここに来て遂に日の目を見ていた。
「未知の相手とやり合おうというのに、出し惜しみする意味もないからな。この機会に使うことにした」
「ありがとう、にぃ様!」
感極まったイロハは刃が放つ輝きを紅の瞳に映したままクロの頬にキスして、クルクル回りながら試し斬りをしに駆けていった。
「礼を言おう、メフィストフェレス。あんたのおかげで満足行くものが出来た」
「わ、わたくしですか?何をした覚えもございませんが……?」
杖の修理に関わっていないため、メフィストフェレスにはクロにお礼を言われる心当たりがなかった。
「ああ、『霊体特効』とか、色々と
「か、髪の毛を!?いつの間に……」
「拠点の片付けの時とか、周辺警戒の合間とかに
「……複雑な気分です」
離れた場所にいるイロハに、メフィストフェレスは視線を向ける。白刃が閃き、大きめの岩がバターのように両断された。
「ですが、間接的にわたくしのやりきれなさをぶつけられると考えれば、悪い気はしませんね」
「あんたの代わりに、黒幕へ叩き込んでやるって言ったしな」
その後2人はしばらく、はしゃぐイロハへ暖かい眼差しを向けていた。
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