魔人兄妹と物体X
「……なんでめふぃはダメだったのかな?」
しきりに首をひねりながら、イロハが呟く。謎の物体を掘り出した後、一行はそのまま海岸線を歩き続け、島の西側に回り込もうとしていた。この異常な島の中心、大量の魔力が渦巻く最後のポイントである高台には、歩いて登れそうな傾斜のある西側から向かうしか無かったからだ。
「ふむ……わたくしがこの中で唯一の“魔物”だからでしょうかな」
隣を歩くメフィストフェレスが、細い顎に手を添えながら応えた。
「人の街に入る際は魔物避けの結界を誤魔化すのに毎度毎度苦労させられるのですよ。先程のあれも似たようなものではありませんか?」
「でも」
そこで振り向いたイロハは、後ろ向きに歩きながら言葉を続けた。周囲には例のオブジェがまばらに佇んでいるが、イロハは風を読むことでそれらを正確に回避しながら歩き続ける。
「私やにぃ様だって魔晶は持っているのよ?魔物が“魔晶を持っている生き物”を指すんだとしたら、私達も拒絶されそうなものだけど」
「それは……確かにそうでございますが」
「何か他に条件があるんじゃないかな……?」
そのまま、しばし2人は考え込む。
「ありがちな条件としては年齢……でしょうか?しかし、わたくしも見た目通りの年ではありませんしね……」
(それは私たちも同じね……)
流石に2人合わせても実年齢が3ヶ月に満たないことを言う訳にはいかないため、イロハは同意するように軽く頷くだけに留めた。仮に、メフィストフェレスが他の魔王軍の魔物同様魔王出現後に創られた存在なのだとすれば、兄妹と実年齢は数年程度しか変わらないことになる。拒絶の条件には当てはまらなさそうだった。
「あー、これはダメだな……」
その時、2人の後方を歩いていたクロが、落胆したようにそう呟いた。開いた右手の上に渦巻く水の塊を浮かべており、その中では例の骨状物体が水流に巻かれている。
「どうしたの?にぃ様」
「ああ……ちょっとこいつの砂を洗い流そうとしたのさ。だが――」
クロは瞑目して、水の渦を消し去る。手のひらに、全く濡れた様子のない砂まみれの骨状物体が落下した。
「この通り、1粒たりとも落とせやしない」
水の渦だけではない。掘り出してからここまで、クロはずっと物体の正体を暴くべくアプローチを繰り返していたのだった。しかし、洗浄魔法に始まり【
「なら、今度は私がやってみるわ」
クロから物体を受け取ると、イロハは目の前に発生させた小規模なつむじ風へと無造作にそれを突っ込んだ。即座につむじ風が物体表面の砂を削り飛ばし始めるが、剥がれた砂は風の勢いを超える程の力で物体に引き戻されてしまい一向に層が薄くならない。
それを確認し、イロハはすぐにつむじ風を消した。解放された物体が砂浜に落ちる。
「……いいわ。なら私も本気出す」
「それはいいが……中身までは壊すなよ?」
「うん」
兄の忠告に応えると、イロハは手にした木杖の先端に暴風を纏い付かせ、周囲に風のシールドを張り巡らした。
「【
それは、風の破城槌を打ち出す上級汎用魔法のアレンジバージョン。暴風の鉄槌と化した木杖が振り下ろされ、ズズゥン!という地響きを伴って盛大に砂が舞い上がった。風のシールドのおかげでクロやメフィストフェレスに降りかかることこそなかったが、中心にいるイロハの様子はすぐに確認出来なかった。
「イロハ、どうだ……!?」
沈黙の後、砂煙が晴れると、そこには手元を見下ろしながら難しい顔で立ち尽くすイロハの姿があった。握られた木杖が、真っ二つにへし折られてしまっている。力加減のしやすさを考えて選択した魔法だったが、裏目に出てしまったらしい。
「……インパクトの瞬間、防御結界が張られたの。この杖じゃ耐えられなかったみたい」
「何だって……?」
砂上の物体にはやはりなんの変化もない。付近の砂地がすり鉢状に抉れている中、何も起きなかったかのような様子で鎮座している。
「……ふむ、そこまでして正体を暴かれたくないと?」
物体をしげしげと眺めながら、メフィストフェレスが顎を撫でる。
「やはり魔物避けとは異なる物ということですかな……」
「ここまで強力な自己隠蔽能力を持っているんだ。まともな物品じゃないだろう」
しばらく放置するしかないか、と、クロは物体を取り上げてポケットにしまおうとした。ところが、物体はポケット、正確にはポケットの内部に広がる拡張空間には入って行かず、磁石の反発のようにぬるりと飛び出してしまう。
思わずクロはため息をついた。
「……これ以上頭を抱えさせないでくれ」
「いやはやどれだけの謎を抱えているのでしょう」
「ありがとう。お前のそれは俺が預かろう」
入れ替えに、クロは折れた木杖を受け取る。杖は半ばから折れてしまっており、薄い樹皮一枚でかろうじて繋がっているような状態だった。中身は軽さを重視してか空洞になっており、これが強度不足の原因の様だった。あくまでも訓練用、ということらしい。
「……直る、かな」
イロハは、少し悲しそうに折れた杖を見つめている。そんな妹の頭に、クロは優しく手を置いた。
「何、問題はないさ。にぃ様に任せておけ」
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