魔人兄妹は掘り当てる

 周囲の景色に、特別目立った変化はない。オブジェの密度が変わっていたり、砂の色に違いがあったりということもなく、はぐれの魔物が地面に突き立っているなどという異様な光景が広がっていたりもしない。


「いやはや驚きました。星脈の合流地点でもないのにこれ程の魔力濃度とは……」


 この地点の異常性をありありと感じ取り、メフィストフェレスが目を丸くする。少なくとも、中位クラスの魔将が平常時に放つものと同等の魔力が何の変哲もない砂浜の一点にわだかまっているという事実に、彼は思わず生唾を飲み込んだ。


「到着した、けど……やっぱり何もないわ……?」


 イロハは困惑の表情を露にする。彼女は移動中も絶えずこのポイント周辺の風を読んでいたのだが、オブジェや砂礫などのありふれたものしか捉えることが出来なかったのだった。


 クロは顎に手をやって考え込む。

 

「目に見える範囲に異常はない……となると」


 その言葉に合わせ、3人の視線は一斉にとある場所へ向いた。


 すなわち、地面に。


「ここに、膨大な魔力を放つ何かが埋まっていると考えるのが妥当か」


 そう言うが早いか、クロは問題の地点の砂に魔力を通してイロハ型ゴーレム5体を生成し、円状に配置した。普段使う汎用型とは異なり、その細い腕部の先端はシャベルを思わせる板状のパーツになっている。


「掘るのね?」


「当然」


 指揮棒のようなクロの指の動きを合図に、石人形ゴーレムたちが一斉に掘削を開始する。それを見たイロハは勢いよく掘り出される土砂を防ぐため、前方へ風の壁を張り巡らした。


 地面が瞬く間にすり鉢状に抉れていく。


「昨夜も思いましたが本当に石人形ゴーレムの扱いが巧みでございますね……本職ではないのでしょう?」


「本職だったらもっとデカいのを作ってるさ。それならここの砂で作って脇に退いて貰うだけで掘削は完了するんだからな」


(もしそうなら大きな私が出来てたのかな?)


 クロとメフィストフェレスのやり取りを聞いて自分を模した砂の巨体が動く所を想像し、イロハはクスりと笑った。“可愛いから”という理由で妹の姿の石人形ゴーレムに拘るクロならば間違いないだろうと思えたのだ。


 その間にも、掘削用イロハ型ゴーレムたちは猛スピードで砂を掘り返していく。既に穴の深さは1メートルに達していたが、未だ異常な魔力の源には辿り着かない。


「しかしいったい何が埋まっているのでしょうな……わたくしこれ程の魔力を放つ物品に心当たりはございませんよ?」


「一応罠の可能性も考慮して、石人形ゴーレムたちには防御魔法をいくつか仕込んではいるが……やはり役立つ物が眠っていることに期待したい所だな……」


 その時、石人形ゴーレムの1体が振り下ろした腕が、ガツン!という硬質な音と共に弾き返された。シャベルの先端は欠けてしまっている。


「何か見つけたみたい!」


「よし、ここからは慎重に掘り出そう……」


 クロが指を鳴らすと、イロハ型ゴーレムたちの腕の形が、いわば『精密掘削モード』とでも言うべきコンパクトな形状に変化した。掘削音と飛び散る砂の量が減ったため、イロハも風の壁を解除し、石人形ゴーレムたちを見守る。


 そうして、砂の中から現れたものは――


「………………ほね?」


「骨……の、ように見えますな?」


 まるで、骨のように両端が膨らんだ棒状のシルエットを持つ砂まみれの物体だった。長さは約30センチで、人が握るのに丁度良い程度の太さがある。


「いや……」


 しかしクロは手に取ったそれに訝しげな視線を向けた。


「生き物の骨にしては形の均整が取れ過ぎている気がする。まるで誰かに作られたかのようだ」


「見せて、にぃ様」


 兄から物体を受け取ったイロハはそれに顔を近付け、穴が空く程眺め回した。表面についた砂がパラパラと剥がれ落ちるが、物体の正体が判明する程ではなかった。


「道具なんだとしても、ちょっと何に使うのかはわからないね。手に持つのかな……」


「どれどれ、わたくしにも見せて頂けますか?」


 続けてメフィストフェレスが差し出した手のひらに、イロハは物体を乗せた。


 異変は、その瞬間に起きた。


「うおぉ!?」


 ズバチィ!!という、電光の弾けるような音と極彩色の光がメフィストフェレスの手と物体との間に発生し、互いを弾き合ったのだ。


「だ、大丈夫?」


「イタタたた……痛ぁ……く、ありませんね?」


 心配そうなイロハの前で、メフィストフェレスは弾かれた右手を開いたり閉じたりしながら首を傾げていた。発生したのは反発力のみでダメージは無かったらしい。


「メフィストフェレスを拒絶した……のか?どういうことだ……」


 宙を舞った物体をキャッチし、クロはそれに再び視線を落とす。物体は何事も無かったかのように、ただ、静かにそこに在った。

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