魔人兄妹、北端へ
「おはよう、にぃ様」
クロが目を覚ますと、覗き込むようにイロハが声を掛けて来た。
「おはようイロハ、膝を貸してくれたのか。すまないな」
「起きたらにぃ様も眠っちゃってたから、交代したの」
クロは身体を起こすと、大きく体を伸ばしながら周囲の状況を確認する。すっかり日も上ったらしく、
「ぅわあぉあああああ!?」
その時、悲鳴のような奇声を発しながら、クロの視界の端で作家の悪魔が跳ね起きた。額をじっとりと冷や汗で光らせながら、荒く短い呼吸を繰り返している。
「めふぃ、大丈夫?」
クロの隣に並んだイロハが心配して声を掛けるも、メフィストフェレスはなにやら恐慌状態にあるらしく、ビクビクビクッ!と痙攣しながらバタバタと駆け回って石につまずき倒れ込む。見かねたクロが鎮静魔法を使い、メフィストフェレスはようやく会話が出来る程度まで落ち着いた。
「お……ぉぉぉおはようございます。良い朝ですね?」
ひきつった青白い顔に挨拶を返しながら、兄妹は互いに目配せした。落ち着きはしたものの、モノクルの奥の瞳は未だ小刻みに振動している。
(覗いたのかな)
(覗いたんだろうな)
兄妹はその様子を見て同じ結論に達し、互いに顔を見合せた。寝起き直後のこの状態は明らかにシャルロテの関与が疑われるため、メフィストフェレスが忠告を聞き入れずにクロの夢へ侵入したのだろうと、2人はそう考えていた。
「……取り敢えずこれでも使っておけ。酷い顔だぞ」
クロが胸ポケットからハンドタオルサイズの布を取り出し、水魔法で湿らせてメフィストフェレスに手渡す。
「あ、ありがたく頂きましょう……しかしここまで寝覚めが悪いのは初めてですね……
それを聞き、兄妹は顔を見合せた。
「……心当たりはないのか?変な夢を見たとか」
「ええ、ああぁ……確かに夢は見ましたねぇ。内容は思い出せませんが……はて」
(記憶に混濁が見られるな……)
メフィストフェレスから使い終わった布を受け取り洗浄と乾燥処理を施しながら、クロは考える。“今回は事故みたいなものかな”というシャルロテの言葉、シャルロテと共にいたにもかかわらずうなされなかった自分の状態、そしてメフィストフェレスの様子。これらのことから、今回はメフィストフェレスの方がシャルロテと例の部屋で会っていたのだろうと推測出来た。
とはいえ、メフィストフェレスの記憶が混濁している理由までは、クロにも説明がつかなかった。
(十中八九
いい加減シャルロテの思考回路を理解して来たクロには、彼女がメフィストフェレスの記憶を封じた理由を推測するのは簡単だった。『その方が楽しそうだから』、これに尽きる。わからないのは、シャルロテがそう考えるに至った経緯の方だった。
(会話相手の記憶を消す……となると、部屋内での会話を外へ持ち出されたくなかったということか……?)
そこまで考えて、クロは嘆息する。これ以上の推測は、メフィストフェレスとシャルロテの間で交わされた会話の内容がわからない限りはどうしようもなかったのだ。
「……ひとまず、顔色は戻ったな」
「ええ、ええ。お手数をおかけしました」
メフィストフェレスが立ち上がり、身体のあちこちについた砂を落とす。イロハがその周りをグルグル回りながら確認するが、フラつきや痙攣も見られなかった。
「もう大丈夫そうね?」
「ええ、この通り。行動に支障はなさそうです」
「なら、急ぎ出発しよう」
クロが
その瞳は、真っ直ぐに島の北端を見据えていた。
◼️◼️◼️◼️◼️◼️
「むむむ……」
「気付けば、こうして巻き込まれた役者も500名を超えておりますね……流入が止まる気配はありません」
「なんとか出来ないの……?」
「残念ながら、既にわたくしの制御を受け付けない状態にあります。止めるには、やはり黒幕を討つしかないでしょうな……」
横から管理板を覗き込むイロハへ、メフィストフェレスは残念そうに言葉を返す。
「既にこれだけの人数を拉致しておいてなお続けるのか……本当に何が目的なのか……」
オブジェを掻き分けるように歩きながら、クロが呟く。そもそも、この島が何のために作られたものなのか、兄妹もメフィストフェレスも未だ把握出来ていない。構造的に“何かを島の外に出したくない”という意図が伺えるだけだった。
「それも、ここを調べれば分かるのか……?」
やがて、3人はとある地点で足を止める。そこは極彩色のオブジェが周囲を取り囲む砂浜の一角。
濃密な魔力反応が感じられる、第2の怪しいポイントだった。
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