魔人兄が視た『破綻』の最期
眠りに就いたはずのクロの目の前に、いつしか地獄のような光景が広がっていた。
白いドーム型のテントが立ち並ぶ、軍の陣地だったであろう場所。各所から黒煙が立ち昇り、おびただしい数の兵士たちの遺体が転がっている。鋭い爪に引き裂かれたであろう者、火炎を浴びて消し炭となったであろう者、兵士たちの死因は様々だが、特に多かったのは、首と胴体が綺麗に泣き別れとなった者だった。揺らめく煙以外に、この地獄で動くモノはない。
(ここは……何だ……?)
当然ながら、施設に閉じ込められていたクロにこのような酸鼻極まる光景を目にした記憶などあるはずはなく、彼の脳内には大量の疑問符が渦巻いている。
「ふんふんふ~ん」
すると不意に、そんな地獄には似つかわしくない鼻歌が聞こえた。クロは音源を探るべく首を巡らせようとするが、身体が命令を受け付けない。視線を少し傾けることさえ出来なかった。
その時になって、クロはようやく、この身体が自分の物ではないということに気付いた。普段より妙に視点が低く、胸の辺りに馴染みのない重みもある。そして鼻歌の出所は、他ならぬこの身体の口だった。
右手には長柄の武器――重心の位置から鎌のようなものと推測出来た――を持ち、左手ではボールに近しい形状の物体を弄んでいる。幾度となく宙に放られるソレは……切り落としたての、人間の首だった。自分が死んだことに気付いていないのか、首は呆けたような表情をしている。
「うーん……おっかしいなぁ……?」
死者の冒涜を継続しながら、身体の主は糖度の高い疑問の声を発する。それは忘れようにも忘れられない、『破綻』を謳う悪魔の声に他ならなかった。クロは今、シャルロテの目を通してこの光景を見ているのだった。
「高位の司令官らしき人間がいるっていうから来てみたけど……何処にもいないよぉー?ねぇ、ほんとにここであってる?」
シャルロテは自分の右手側に向けてそう呼びかけるも、その相手は既に胸の巨大な切り傷が痛々しい物言わぬ骸と成り果てている。
「あ、さっき巻き込んじゃったんだっけ……失敗したな」
フレンドリーファイアにさえそれ以上の感想は持たず、シャルロテは弄んでいた首を適当に放り捨てた。もはやこの地獄に、自分の興を満たすものはなさそうだと、破綻の悪魔は肩をすくめながら陣地を後にしようとして、何かに気付いたように、ハッと背後を振り返った。
(ああ――)
そしてその瞬間、彼女は全てが手遅れだということを悟ったのだと、意識をリンクしたクロは理解した。直後に視界を、全身を、純白の輝きが包み込む。
(――やってくれたわねぇ……?ふふ)
そうして心底愉快そうな微笑みを浮かべながら、シャルロテは光の激流に融けて行った……
◼️◼️◼️◼️◼️◼️
「今のは……」
一切が闇に閉ざされた空間で、クロは呟いた。
「
「そーだよー」
いつの間にか、クロとピッタリ背中を合わせるような格好で、いつものドレス姿をしたシャルロテが現れていた。いつになく難しい表情をしながら、ツインテールの毛先をくるくると弄り回している。
「あなたにこれを見せる予定はなかったんだけどね……今回は事故みたいなものかな……」
たはは……と、シャルロテは力無く笑って見せる。実際彼女にとっては、今回クロと夢の中で出会うのは想定外のことであった。メフィストフェレスを引きずり込むために魔晶の部屋を開いた結果、クロの意識まで落ちて来てしまったらしい。まだジルヴァンに狂わされた魔力が安定していないのだろう、とシャルロテは自己分析していた。
「どうした、妙にテンションが低いな」
「いやだってさぁ……」
シャルロテはため息を吐きながら、クロの周りをぶらぶらと歩き始める。
「偽の情報にまんまと引っ掛かった挙げ句、【
「……」
帝国軍によるシャルロテ暗殺作戦については、クロもイロハも施設の座学で散々詳細を聞かされていた。魔王軍に偽の情報を掴ませることでシャルロテをおびきだし、徹底的な情報操作で位置を誤認させた魔人1号の【
『魔術師殺し』が魔法によって滅ぼされる――――確かに
その上で、クロは目の前を行ったり来たりしているシャルロテに尋ねる。
「……ちなみに、1個人としては――
「もう最ッッッッッ高の快・感!!!!」
その途端、シャルロテは豹変した。
「私たち魔物に蹂躙されるだけだったはずの矮小な人間たち。それが義憤に燃え、復讐心に駆られ、あるいは闘志を燃やし!多大なる犠牲を払いながらも私のクセや私の能力を計りそれを元に私を確実に殺し得る方法を模索し!!そして完璧に練り上げた作戦の末、遂に!!!私のことを殺してのけた!!!!こんな
一気に本音を吐き出すと、シャルロテは上気した顔で荒く息をついた。己が身を掻き抱くようにしながら、時折痙攣するように身体を震わせてさえいる。
「はぁ……はぁっ…………今でも、たまに鑑賞するわぁ。やっぱり人間って大好き……私の予想もしなかった所から、未知の悦楽をもたらしてくれるんだもの。ふふ、ふふふふふふふ……」
うっとりとした顔で笑い声を漏らすシャルロテを、クロは無表情に見つめていた。頭の中で、メフィストフェレスの言葉が木霊する。
“何かに対して特別に好意的な感情を抱いたのであれば、それはそのものに愛の情を感じているということです”
(これも、1つの愛と呼ぶべきか?流石に歪みが過ぎているような気もするが……)
少なくとも、シャルロテが人間に対して向けるような愛の形を、自分が理解出来る日は来ないだろう、とクロは思う。
「まあ、そういうわけで――」
シャルロテが振り返る。その顔には既に快楽の残滓も残っていない。至って普通の顔色だった。
「前にも言ったけど、あなたたちには期待してるから。頑張って今回も乗り切ってね」
そう言い残すと、シャルロテは周囲の闇に飲まれるようにして消えて行った。
「……言われずとも」
クロは誰も居なくなった虚空に向けて、小さく呟いた。程なくして意識が急速に浮上し始め、彼も現実へと戻って行く――
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