勇者一行は手配する

 所変わって、ブロンザルト王国の王都、メダリア。


 その一角にある、孤児院を兼ねた教会の1室で、王国第1騎士団長にして勇者パーティーのメンバー、ガルゼム・ドランがベッドからのっそりとその巨躯を起こした。刈り上げた金髪にワイルド系の顔付きで女性ファンも多い彼だが、今は疲労の跡が色濃く残るやつれた表情をしており見る影もない。


「あ、起きた」


「オリヴィア……?すまない、どのくらい寝ていた?」


「もうそろそろ夕方よ。ほらほら、女の子のベッドをいつまでも占領してないで顔洗って来なさい」


 オリヴィアに促され、ガルゼムは階下に降りて行く。倍近く年の差がある2人だが、長く戦場を共に駆けたこともあって下手な遠慮などは既になく、互いに気安い関係となっていた。


「すまない、迷惑をかけた」


「いえ、お気になさらず。お茶は如何ですか?」


「いただこう」


 戻って来たガルゼムがテーブルに着き、黒いシスター服のミラがカップに黄金色のお茶を注ぐ。


「酷い疲れ方ね……そんなに忙しいの?」


「危うく4日連続で徹夜する羽目になる所だった……」


「うわ」


 ミラのベッドを整え直したオリヴィアは、血色の戻って来たガルゼムの言葉に顔をひきつらせる。書類仕事が貯まっているらしいことはミラから聞いていたが、こうなる程とまでは思っていなかったのだ。


「それちゃんとした書類担当の文官とか付けて貰うべきじゃないの?【人間城塞アンブレイカブル】も形無しよこれじゃ」


「無論こちらも人手が足りないことは承知していたから近々面接をする予定だったのだが、志望者たちを乗せた馬車がL2の魔獣氾濫スタンピードに巻き込まれかけて途中の宿場町で立ち往生しているらしくてな……」


 ガルゼムは苦々しげに告げる。突発的に発生する魔物たちの大暴走、【魔獣氾濫スタンピード】は時として人々に深刻な被害をもたらす災害の1つだった。規模によってLレベル1からL5までの段階があり、今回発生したL2は〈村落の危機〉が想定される規模の氾濫だった。


「間接的にガルゼムも被害者ってことね……何だったら私が殲滅して来るけど?」


「いや、流石にL2に対してお前は役不足に過ぎるだろう……大人しく後進に譲ってやれ」


 それよりも……と、ガルゼムはミラの方を見る。


「渡した資料は役に立ったか?」


「はい。おかげさまで、有力な情報を得ることが出来ました。本来はあなたの目が覚めてから本格的に動こうとしていましたので、嬉しい誤算ということになりますね」


「私の方は残念ながら収穫ゼロだったんだけどね。でも、ミラがやってくれたわ!」


 ミラはテーブルの上に、王都における行方不明者のリストを広げた。


「先程、食糧の買い出しに向かいました。その際に、神隠し発生当時が目撃されていたという情報を複数入手出来ました」


「不審者……?」


「はい」


 ミラはお茶を1口すすり、先を続ける。


「その不審者はを名乗り、街の各所で不特定多数の住民へ取材と称したインタビューを繰り返していたそうです。そして……インタビューに応じたその全員が、姿を消しています。確認出来ただけでも――」


 これだけ、と、ミラはリストの上にか細い指を滑らせる。指の軌跡に沿って、紙上の名前が次々と青い光を放ち始めた。その数は、実に100名を超える。


「なるほど、これ程例があれば、因果関係は明白だな。ちなみに人相書きなどは……」


「既に」


 ミラのシスター服の袖口から1枚の紙が飛び出し、フワリと、光の収まったリストの上に重なった。描かれていたのは若者とも年老いているとも取れる細面に、右目のモノクルが特徴的な男性だった。ミラの画力の高さもあって、まるで今にも動いて話しかけて来そうなリアルさがある。


「うん、何度見ても胡散臭い……」


 オリヴィアが人相書きを見て低い声を出した。


「ミラ、これは持ち帰っても良いか?」


「元々、ガルゼムにお渡しする予定でしたので」


「助かる」


 ガルゼムは人相書きを手に取って男の顔をまじまじと見つめた。絶対に忘れまい、という固い意志を込めて。


「しかし……どうにも腑に落ちないな。本当にこいつがユウジをかどわかしたと?」


「そうなのよねぇ……」


 ガルゼムの疑問に、隣のオリヴィアが視線を上向けつつ同意する。


「ユウジには【虹の聖剣アルカンシェール】がある訳だし……悪意ある接触なんか絶対無理だと思うんだけど」


「はい、私も同意です」


 聖剣。


 それは初代国王の魂が込められていると伝わる、ブロンザルト王国の至宝だった。剣その物が自らの使い手を選び、その選ばれたただ1人――すなわち『勇者』のみがその凄まじい力を扱うことが出来た。


 そして、聖剣はその勇者を選ぶための機能の副次的作用として、使い手が対峙した相手の真実の姿を見抜く力を有していた。悪意を持って勇者に接する者がいようものなら、その者は瞬く間に秘めた企みを暴かれてしまうはずだった。


 勇者がこのインタビューによって拐われたのだとすれば、この人相書きの男は聖剣の看破能力を完璧に掻い潜って見せたということになる。3人にはそれがどうにも納得出来なかった。


「とにかく、この男は騎士団で重要参考人として手配しよう。また、冒険者ギルドにも正式にこいつの捜索を依頼する予定だ」


「それなら、ギルドには私が持って行くわ。何かとスムーズに進むだろうしね」


「では、お言葉に甘えさせて貰おう。ご馳走さま」


 こういう時にオリヴィアの人脈を頼れるのはありがたい、とガルゼムは席を立ちながら思う。元々助っ人専門の魔法使いとしてハンター・冒険者を問わず数々のパーティーを渡り歩いていたこともあり、オリヴィアはとにかく顔が広かった。


「じゃあミラ、あとは任せて。きっちり追い詰めてやるんだから!」


「行ってらっしゃいませ。夕食を用意して待っています。ガルゼムも如何ですか?」


「気持ちだけ受け取っておこう。また城から出られなくなりそうだからな……」


 書類の雪崩を想像して若干遠い目になるガルゼムだったが、そのエメラルド色をした瞳の奥には先程までなかった闘志の炎が渦巻いているようだった。


「わかりました。くれぐれも、無理はなさらないように」


「なるべくな……」


 そう残して、ガルゼムは先に部屋を出ていったオリヴィアの後を追った。

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