魔人兄妹は夜営する

 浜辺に戻ると、辺りには夜の帳が降りていた。


「……どういう、ことだ?」


 目覚めてから島の南下、メフィストフェレスとの出会いと対話、同盟成立を経て森の探索まで行った一行ではあったが、少なくとも半日程度しか時間が経っているようには思えなかった。


「さっきまで昼間だったのに……」


 クロの隣に立つイロハも、混乱したような表情で空を見上げている。中天には、月の代わりとでもいうように、不定形な謎の光源が漂っていた。雲間に散らばる色とりどりの不快な光と合わさると、とても夜空には見えない。


「ああ……お2人は初めてでしたか。この島、見ての通り昼夜の長さも不安定なようでしてね」


 メフィストフェレスが言うには、いつまで経っても日が昇らない時もあれば、短時間で昼夜が忙しなく入れ替わり続けた日もあったとのことだった。


「そうか……これまでのあれこれよりはまだマシだが、厄介だな」


 そう言いつつ、クロはコートのポケットからテントを取り出した。足元の砂が凝集して複数のイロハの姿となり、あれよあれよと言う間に設営が完了する。


「……寝るの?」


「正確には“夜明けを待つ”だな。探索するにも、何かと不便だし」


 敬礼をしながら砂に還っていく石人形ゴーレムたちを神妙な眼差しで見つめながら、クロは言葉を続けた。


「それに、この辺りで整理しておきたいこともある。あの犬の正体について、とかな」


「見当がついた、ということですかな?」


 イロハ型ゴーレムたちに面食らっていたメフィストフェレスが、気を取り直してクロに問いかけた。クロはポケットからワーム肉を取り出しつつ、


「おおよそ、な。詳しくは食事しながら話す。あんたもどうだ?」


「いえいえ、お気遣いなく。我々夢魔に食事は必要ありませんので。ただ……すこーし、後でお2人の夢にお邪魔させて頂ければ」


 【夢渡り】という特性による、他者が見る夢への侵入。それが夢魔たちにとっての食事にあたる。対象がそれまでに見ていた夢を吸収して糧とし、ついでに夢の内容を好き勝手に書き換えることも出来た。その性質上多くの人間が抵抗出来ぬままに精神干渉を受けてしまうため、夢魔は人々に広く恐れられていた。その分、肉体的な戦闘能力は他の魔物に劣る場合が多いため、直接戦闘は不得手な者が多い。一部の例外を除いて。


 そんな申し出を聞いた兄妹は顔を見合せると、揃って心配そうな表情をした。


「……おすすめはしかねる」


「止めておいた方が身の為だと思うわ。特ににぃ様の夢は」


「おや……思っていた反応と違う……?」


 兄妹はそれ以上話題を引き伸ばすこともなく、さっさとワーム肉の調理に取り掛かってしまう。


 拒否されることを想定していたメフィストフェレスは首を傾げながら、手頃な石に腰を下ろして調理の様子を眺めるのだった。




◼️◼️◼️◼️◼️◼️




「結論から言おう」


 イロハが3枚目のワーム肉を頬張った所で、クロが口を開いた。


「あの犬は魔物では無い。まやかしの森の一部であり、一種の魔法的トラップの類いだ」


「……森を作り出した魔法と、あの犬はセットってこと?」


「ああ。倒された犬が再出現する瞬間、幻影の樹木を構成している魔力リソースの一部が犬の姿をとって剥離したのを確認した。倒された瞬間も同様、奴らの霧散した身体は木々へと還元されている」


 樹木の魔力の一部を使って生み出され、倒されてもまた樹木へと還っていく。それがあの黒い犬の正体だった。これではいくら倒そうと、数が減る訳もない。


「となると……あの犬によって奪い取られた魔力の行き先は、魔法を展開している術者ということになりますかな」


「そういうことになるな」


 メフィストフェレスが顎を撫でながら発した言葉を、クロが肯定する。


「まとめると、あの森は高台への到達を阻む要害であると共に、おそらくはこの島を形成する際に大量に消費した術者の魔力を、侵入者からの奪取によって回復させる役割を担っているということだな」


 魔力奪取マナスティールと無限湧きにより敵対者を弱体化させつつ、己の回復を早める。「良く出来たシステムだ。忌々しい程に」と、クロは吐き捨てた。


「そうと分かれば……あの森には可能な限り入らないのが吉でしょうなぁ……確実に突破する方法がない限り、悪戯に黒幕を元気付けてしまうだけな訳ですし」


 その意見には兄妹も全面的に同意だった。何しろシャルロテからの忠告のこともある。仮に黒幕の魔力を攻撃に回せる程にまで回復させてしまった場合、本当に勝ちの目が潰えてしまうかもしれない。


「だから、次は先に北のポイントを確認してみようかと思っている」


 クロはメフィストフェレスと、島の北端に魔力の濃いポイントがあるという情報を共有した。元々、南のポイントを確認した次に向かおうと考えていた地点だった。


「南にはあんたがいた訳だが……さて、北はなんだろうな?」


「わたくしも北の果てまで向かった記憶はございませんので、大いに興味がありますね」


 その時、興味深そうな微笑を浮かべる男性陣の間で、黙々とワーム肉を咀嚼していたイロハが、ポツリと不吉なことを呟いた。


「……もしかしたら、めふぃみたいな迷子の魔物がいたりして」


「いえいえ流石にそれは……ない、ですよね…………?」


「……」


 妹の言葉を否定しきることが出来ず、クロはメフィストフェレスの縋るような視線から顔を反らす。


 夜は、まだ明けない。

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