魔人兄妹は撤退する
それからの戦況の変化は劇的だった。
メフィストフェレスの支援魔法が猛威を振るい、兄妹が犬モドキたちを撃破するペースが一気に跳ね上がる。
「そこです。【
振りかざされたステッキの先、クロの背後に回ろうとしていた犬モドキの1匹が、突如発生した超局地的な地盤沈下に脚を取られて体勢を崩す。クロはその隙を逃さず、ナイフの一閃で首を刈り取った。
「くそ……ざこ……?」
戸惑いの視線をメフィストフェレスへ向けながら、イロハが別の犬モドキを両断する。直前に【
「ええ、紛うことなきクソ雑魚にございますよ?出来ることといえばささやかな嫌がらせがせいぜいですので」
このように……と、メフィストフェレスはクロに噛み付き攻撃を避けられた犬モドキへステッキを向ける。
「【
「……そのささやかな嫌がらせとやらが大戦果を挙げていることについては」
もう誰もいない虚空へと噛み付き攻撃の動作を繰り返し始めた犬モドキへ側面から牙のナイフを突き立てながら、クロがジト目で作家の悪魔を見やる。メフィストフェレスが今使った魔法は対象に直前の動作を数回リプレイさせる魔法のようだった。
「フフフフフ……ええ、全くの想定外にございます!」
どうしてこうなった!!と、メフィストフェレスは明らかに常でない域まで自らのテンションを高めつつ、犬モドキたちの頭上から大きめのカーテンを落として身動きを封じた。すかさず兄妹が追撃を加え、瞬く間に群れの数匹を仕留める。
残りは、5。
「なんであなたが一番驚いてるの……?」
「いや、わたくし非戦闘員ですのでね。これらの魔法もほとんどは戦闘を避けて安全圏に退避するためのものなのですよ……まさかここまで活躍できるとは」
「なるほど……」
犬モドキを牽制しつつ、クロは合点がいったというように頷く。『劇団』と言いながらも単独行動を基本とするメフィストフェレスが、いざというときの自衛手段として構築した魔法がこれらの妨害魔法なのだろう。己の非力さをカバーできる(そして例の劇場魔法を使った後でも行使できる)よう、低消費かつ難しいイメージを必要としないデザインとなっているようだった。
(今後の魔法開発の参考になりそうだ……)
内心でそう考えながら、クロは再び【
「ふむ……?こうして倒してみますと、妙ですな?」
「ああ……
後退したクロが同意する。目の前の犬モドキたちはどう見ても尋常な生物ではない。だが魔物であるならば当然体内に持っているはずの魔晶が、撃破しても現れなかった。
(じゃあこいつらはいったい何だ……?)
目を細めるクロの前で、
(思えば……総数が5匹のまま変わっていない……?)
景色がスローモーションのように流れるような錯覚の中、イロハの斬撃が犬モドキたちを塵に変える。パッと舞い散ったその粒子は、見る間に近くの木へと吸い込まれていった。
次の瞬間、粒子を吸収した幻影の樹木の根元から新たな犬モドキが2体現れ、何事もなかったかのように戦列へ加わった。
「そういうカラクリか……!」
一部始終を目の当たりにしたクロは、すぐにイロハを呼び寄せた。イロハは油断なく木杖を構えたまま、小走りで兄の元へ舞い戻る。
「どうしたの?」
「撤退だイロハ。最早この戦いに益はない」
クロは身を低くしながら唸り声を挙げている犬モドキたちを睨みつつ、
「奴ら、
「そんな……!」
「ええ、間違いございません。わたくしもこの目でしかと見届けました。彼らが倒されたそばから補充されていく所を!!」
数がなかなか減らないのは増援がやって来ているせいだと思い込んでいたイロハは、ハンマーで殴られたかのような衝撃を受けていた。クロやメフィストフェレスも同様の気分だった。
そうしてそんな会話の間にも、散開した犬モドキたちが包囲網を狭めて来ている。迷っている場合ではなさそうだった。
「ひとまず、浜辺まで逃げれば彼らは追って来ないはずです」
「わかったわ。……こっち!」
クロが【
その際、後ろをチラリと振り返ったクロは、犬モドキたちが蛍には目もくれず、魔力の蝶のみに襲い掛かっている様子を、しっかりと目に焼き付けた。
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