魔人兄妹with悪魔VS犬モドキ

 鬱蒼とした森……のように見える幻影の群れをかき分け、3人は進んでいた。少しスピードを出して走れば接触した草木は即座に霧化してくれるので煩わしさはなくせるのだが、何処かに潜んでいるだろう犬モドキに備えて体力を温存しておきたかった。


 更にこの森には、もう1つ厄介な特性があった。


「今……別の場所に飛ばされたわ」


「今、でございますか?わたくしには何の変化も感じられませんでしたが……」


 メフィストフェレスが周りに視線を送るも、風景に視覚的な変化はない。だが、イロハの風読みによる観測結果は現在地が島の更に南端に近い位置であるということを示していた。


「ちなみに、ここからまっすぐ進むと?」


「私たちが入って来た浜辺」


「メフィストフェレスが言った通りになる訳か……」


 クロは、作家の悪魔が語ったことを思い出す。「入って真っ直ぐ歩き続けた場合でも、いつの間にか進入地点に戻って来てしまう」。そのカラクリの一端を垣間見ることが出来た。


「ならば、都度高台に向けて方向を修正しながら歩けばいいのか……いや、位置も変えられるとなるとどんどん高台から離されてしまう可能性も高いな」


「高台に近付けたくないなら一発で浜辺に戻しちゃえばいいのに……」


「それをされると俺たちも困るぞ?」


 イロハの呟きに苦笑しながら、しかしクロも同意見だった。高台に人を近付けたくないという黒幕が、森への侵入者を移動させられるならば、初手で浜辺まで送還してしまえば全て事足りるはずだった。わざわざ自力で浜辺まで帰るよう仕向ける必要はない。


(俺たちがこの島で転移魔法の座標を固定させられないように、黒幕もあのルーレットのような座標を御することが出来ないのか……あるいは別の目的があるのか)


「それで、如何致します?高台に向けて軌道を修正しますか?」


「今はそれしかないだろう。次の強制座標移動の結果がどうなるかでベストな森の進み方も変わるからな」


 3人は進路を北に修正し、再び歩き出そうとする。


「にぃ様っ!!」


 イロハが鋭い声で警告を発したのは、その瞬間だった。同時に前方の木々の陰から、不気味な唸り声を発する黒い集団が躍り出る。


 それは、確かに犬のような形をしていた。四足歩行でピンと尖った三角の耳があり、太い尾を揺らめかせている。長く突き出た鼻先の下には、噛みしめられた鋭い牙も確認出来た。


 しかし生物らしい部分はそこまで。その身体には横幅という概念が存在せず、完全に正面から向き合うと黒い1本の線にしか見えない。真っ黒な体色もあって、まるで影絵が独りでに動き出したかのような印象を受ける。


 数は、5匹。


「ようやくお出ましか」


 前に出た兄妹が武器を手に臨戦態勢を取った。その背中に、メフィストフェレスが声を掛ける。


「ご注意を。あの犬のようなモノに物理的な破壊力はありませんが、攻撃を受けると魔力を奪われます」


「攻撃が魔力奪取マナスティールのみとは思い切った奴らだな……」


 主に悪魔や精霊種の魔物が使用する、対象の魔力を奪い取る攻撃だった。魔法使いにとっては継戦能力を落とされる厄介な攻撃ではあるが、すぐさま命に関わる訳ではない。


 だが、魔力というものは減りすぎると“想像力の喪失”という別の問題を生じさせる。限界を超えて魔力を絞り出そうとする、あるいは枯渇した状態からさらに魔力を奪われると、それは魔力によって形にされる前のイメージにまで波及する。そしてイメージ力が尽きてしまえば、人は自分の意思で動くことが出来なくなる。そうなった場合回復は極めて難しい。


 身体的ダメージがないからといって敵の攻撃を無視し続ければ、取り返しのつかないことになりかねなかった。


「聞いたなイロハ。回避を最優先」


「はい、にぃ様」


 気流の刃を杖の先に形成したイロハが先陣を切り、行動速度を強化する【加速アクセル】を全員にかけたクロがナイフを両手に追従する。死角を取られないように細心の注意を払いながら、兄妹は犬モドキとの戦闘を開始した。犬モドキの集団を2人で挟み込むような位置取りを保ちつつ攻撃を加えていく。


 が、周囲の暗さと、平面の身体という犬モドキの特性の相乗効果で極めて攻撃が当てにくい。速度強化による短期決戦を狙っていたクロだったが、早々に“待ち”の姿勢に切り替えていた。犬モドキに遠隔攻撃の手段はないため、カウンター狙いはそれなりに有効だった。


 しかし、1匹仕留めるために思いの外時間がかかってしまっており、一向に数が減らない。


「これはいっそ被弾覚悟で範囲攻撃するべきか?」


 クロがそう考え始めた時だった。


「それには及びませんぞ?【彼の者こそ主役なりスポットライト】!」


 突如として犬モドキたちが天からの光に照らされた。闇が払われ、その輪郭がくっきりと浮かび上がる。


 振り向けば、シルクハットを抑えながら、いつの間にか手にしていたステッキを犬モドキへ突き付けるキメ顔の悪魔がいた。


「微力ながら、わたくしもお力添え致します。存分に暴れて下さい!」

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