魔人兄妹、気付く

「なるほど」


 少しの沈黙の後、クロは静かに口を開いた。


「少なくとも、あんたは黒幕じゃなさそうだ。聞く限りではおそらく、全く同一のタイミングで、同じ範囲を対象にした魔法が行使されたんだろう。その結果として押し負けたあんたの魔法は上書きされ、何者かが放った魔法の方が効力を発揮した……という所か」


 基本的には、物理現象――炎や水を出すなどといったもの――を伴わない魔法を用いて、2人の魔法使いが同一の範囲へ同時に干渉しようとした場合、魔法の出力とイメージの強固さで勝る方の魔法が優先される。今回の場合は、メフィストフェレスの劇場化と黒幕の島創造(と推定される)が同時にメダリアの街へ放たれ、黒幕の魔法の効力が優先されたのだろうということだった。


 しかしその法則も、魔法の規模が小さい場合の話だ。


「だが、あんたが使ったっていう魔法が言葉通りの規模ならば、全く何の影響も及ぼしていないと考えるのは早計だと思う」


 メフィストフェレスの話によれば、劇場化は(おそらくは)街1つを丸々取り込み、そこに住まう人々全てに干渉出来る程の大規模魔法である。それだけの魔法を展開出来るだけの魔力量を完全に打ち消しきることは容易ではない。


「あんたの魔法、本当に無力化されているのか?」


 メフィストフェレスは顎に手を当てながら、


「ふむ、そういえばまだそれは確認していませんでしたね……」


「えっ……?」


 それを聞いたイロハは目を丸くした。魔法が発動し続けているのなら、その魔法を維持するため常に魔力を消費するはずであり、その有無によって魔法が無力化されているかは簡単に判別できるはずだったからだ。


 イロハがそのことを伝えると、メフィストフェレスは「ああ」と前置いて、


「わたくしの秘技ですが、劇場の維持に必要なのは満月の光のみですので、わたくしが負担するのはあくまでも発動するための魔力だけで済みます。とはいえ、しばらくは他の魔法が使えず、満月が欠ければ効力は自然消滅しますので燃費は劣悪ですがね」


 そのまま、メフィストフェレスは指を指揮棒を振るように動かし、


「『我が至高の舞台。進行度合いは如何に』――【舞台監督のアドミニストレータ視点・アイ】」


「それは?」


 メフィストフェレスが魔法で作り出した透明な板を見て、イロハが首を傾げる。この世界には未だ存在してはいないが、その板は“タブレット端末”と呼ばれるそれに酷似していた。


「公演中の劇が正常に進行しているかを確認するための管理板です。同時に、この魔法を発動させられたということは、公演が継続中ということの証左でもありますね。つまり、わたくしの魔法は無力化されていなかったということになります」


「見てみますか?」と管理板を差し出されたため、イロハはおずおずとそれを受け取り、クロが背後から覗き込む。管理板は3つの項目に分かれており、それぞれ、『舞台の進行状況』『脚本』『役者の名前と配役』を確認することができるようになっているらしかった。


 しかし――


「なんだか、どれも変ね」


「これは何語……いや、複数の言語の文字が乱雑に混ざり合っているのか?」


 表示されていたのは、黒1色に染まった進行状況のウィンドウ、解読不能な文と化文字化けした脚本、そして、全ての配役が“木”で統一された役者欄だった。


「やはり、第三者の視点で見てもおかしい様ですね……」


 イロハから管理板を返されたメフィストフェレスが落胆したようにため息を吐く。


「半年費やした脚本はダメになり、キャストもこれではドラマ性もへったくれもないでしょう。この舞台は死んでいます」


「なんとかならないの?」


「一応、こうした不測の事態に備えて緊急停止用の魔法はございますが……この島に少なからずわたくしの魔法の影響が残っているというのであれば、それは見送った方が良い気もしますね。何が起きるか分かりませんから」


「それが懸命だろうな」


 クロもその意見には同意だった。少なくとも現在島の環境は安定しているように思える。ここでメフィストフェレスの劇場化魔法を強制停止させる――すなわち、上書きされなかった分の魔力を丸々取り除いてしまうのは、建築物から大きな柱を1本引っこ抜くような物だと考えられた。他の部分がなんとか噛み合って形状を維持すればいいが、引っこ抜いたことをきっかけにして現状の崩壊が始まっても決しておかしくはないのだ。


「それにしても……脚本の表記は狂っているというのに、配役の部分だけはっきり“木”と明記されているのは気になりますねぇ」


「役者に選ばれた人たちは、今もしっかり木の役をこなしてる、ってこと?」


「一応、そういうことになります。彼らも共に巻き込まれていると思われるので、島のどこかにはいると思われるのですが……」


 兄妹は顔を見合わせる。イロハが風読みで島全域を精査した際に、動物の気配は感じられなかったのだった。他に人間がいるとは考えにくかった。


「……まさか」


 しかしそこでクロが、何かに気づいた様子で奇怪なオブジェの立ち並ぶ方向を見やる。


「イロハ、あのオブジェの総数は分かるか?」


「453本……今1本増えた」


「グッジョブだイロハ。メフィストフェレス、木の役を割り当てられた役者は何人いる?」


 イロハを軽く撫でながら、クロは早口でメフィストフェレスに声を掛ける。メフィストフェレスは慌てて管理板をスクロールし、


「454人でございますね……これはもしや……」


「ああ、あまり考えたくはなかったがな……」


 眉をひそめるメフィストフェレスに頷き返し、クロは手近なオブジェの1本に触れた。手のひらからは、先程と同様に


「樹木のような謎の物体……“木”の役割で固定された役者たち……そして極めつけには全てがまやかしで出来た島。未だに信じ難いが、これだけ揃えば、こんなことも起こり得るのかもな」


「にぃ様……それってまさか……」


 イロハが恐る恐ると言った様子で、兄の顔とオブジェを交互に見る。クロは「ああ」、と頷くと、瞑目しながら告げた。


「この物体は……人間だ」

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