魔人兄妹は経緯を聞き出す

 メフィストフェレスは、不意に自由になった両腕を見回す。


「おや、解いて頂けるのですか?」


「もともと、縛り付けていたのは魔物としての戦闘能力を警戒していたからだ。あんたにこちらを害することは出来ないと分かった以上、もう必要はないだろう」


 だが、とクロは前置いて、


「あんたの嫌疑が晴れた訳じゃない。従ってまだ電撃は残っているからそのつもりでいろ」


「ええ、ええそんな気はしておりました。わたくしまだ自分の素性を明かしただけですしね」


 衣服の砂を落とし、襟元を正すと、メフィストフェレスは改めて兄妹に向き直った。


「……それで、何をお聞きになりたいので?」


「この異常な島の成立に、あんたは関わっているのか?」


「いえいえそのようなことがあろうはずがございません!」


 クロが単刀直入に問うと、メフィストフェレスは激しく両手を振りながら関与を否定した。電撃が発動しないところを見るにこれは本当らしい。


「むしろわたくしも閉じ込められてしまって、ほとほと困り果てていた所だったのですよ。頼みの綱の転移魔法――といっても使用条件が厳しくておいそれと使えるものではないのですが――とにかくそれも失敗してしまいましたしね……」


 メフィストフェレスの声のトーンが落ちて、言い聞かせるようなものになる。


「もしお二人が空間転移を使えるのであれば、ここでは使用を控えた方がよろしいかと思います……転移先が砂の中だったという可能性もないとは言い切れませんので!わたくしのように!!」


「説得力が凄いわ……」


 微妙な表情を浮かべるイロハを横目に、クロは限定短距離転移魔法【恐れなき吶喊ドレッドノート】を発動待機状態で保持してみた。すると、すぐに異常が発覚する。


「なるほど……これは酷いな。ルーレットで転移先を決めるようなものか」


 クロは転移先をメフィストフェレスの目前の座標に設定したのだが、次の瞬間にはその座標が全く別の出鱈目な位置に変化してしまったのだ。以降数瞬ごとに、転移先の座標は不規則に変動し続けている。これでは狙った場所に転移できる訳もない。


 メフィストフェレスは転移に失敗した結果として砂に埋まってしまったらしいが、それでも運が良かった方なのかもしれなかった。最悪の場合、高空に放り出されたり、虚無の海の只中に叩き込まれる可能性さえ考えられたからだ。


「ちなみにあんたはどうして囚われたんだ?」


「おおよくぞ聞いてくれました!」


 次なるクロの問いかけに、メフィストフェレスは大仰な身振りを交えながら語り始める。


「あれは忘れもしない……そう、とても満月の綺麗な夜のことでした。わたくしは月に1度の公演のために、ブロンザルト王国の王都メダリアに滞在しておりました。先ほどお話しした通りわたくしは一人劇団ですので、公演を執り行う毎に現地で役者を集めるのです。勿論、そうそう都合良く話に乗って下さる役者の方などおりませんので、少々強引な手法にはなるのですが……あ、いえ決して手荒なことをする訳ではなく」


 怪訝な表情になり始めた兄妹へフォローを挟みつつ、メフィストフェレスは話を続ける。


「まあ、その、1種の催眠魔法ですね。狂気を呼び起こすとされる月の光の力を借りて、わたくしが定めた領域を一夜の劇場へと変貌させるのです。そして内部にいた人々は“ステージに上がった役者”とみなされてわたくしの脚本の影響下に入り、割り当てられた役割ロールを演じて頂くこととなります。これぞ、満月の夜限定の秘技、【一夜限りの舞台演オペラ・ザ・劇よ、世界を欺けワルプルギス】!!どなたでも憧れのスーパースターに!!!!」


「わ、わぁ……」


 キレッキレのターンと共にポーズを決めてウィンクから星を散らすメフィストフェレスに、イロハは控え目な拍手を贈る。それに対して貴族然とした一礼を返しながら、


「当然ながら役者の皆様の安全は保証されますのでご安心を。もし脚本の流れで死んだとしても公演が終われば綺麗に元通りです。ほら、あくまで一時の虚構だというのに役者が本当に死んだりしたら事でしょう。ね?」


「あ、うん、そうね。……ところでそんなに手の内を話しちゃって大丈夫なの?」


「どうせ非戦闘員ですから、痛くも痒くもありませんよ」


 心配そうなイロハに対し、メフィストフェレスは何でもないことのように片手を振る。その様子を、クロが神妙な顔付きで見つめていた。


「おっと失礼、話が逸れましたね。とにかく、わたくしはその魔法で公演を執り行うつもりだったのですよ。確か“らいぶはいしん”と言いましたかな、それで魔王様や軍の皆様にご観覧頂く準備もバッチリでした。ところが――」


 朗々と語っていたメフィストフェレスは、そこでガックリと肩を落とした。シルクハットがずれて、モノクルのフレームに引っ掛かる。


「ええとその、なんと言いますか……端的に申し上げますと、発動した瞬間に魔法がましてですね?」


「ばぐ……?」


 聞きなれない言葉に兄妹は一瞬顔を見合わせたが、話の流れから何らかの誤作動やトラブルが発生したのだろうと解釈した。


「視界がぐにゃぐにゃと崩れ始めたと思った次の瞬間には、わたくし、この砂浜に独り立ち尽くしておりました。役者となって下さるはずだった街の皆様は誰1人としておりませんでした。代わりにこの、不可思議なオブジェクトがニョキニョキと砂から伸び上がってはいましたがね」


 メフィストフェレスは近くに立っていたカラフルなオブジェを白い手袋をした手の甲で軽く叩く。彼にもこのオブジェの正体はわからないらしい。


「それからわたくしはしばらくこの島を彷徨い歩きまして、魔力が回復した所で転移魔法による脱出を試みたのですが……結果はお二人も知っての通りです。ご静聴ありがとうございました」


 そう締めくくり、劇作家の悪魔はシルクハットを外して芝居がかった礼をした。


 電流は、1度たりとも流れることはなかった。

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