魔人兄妹と、怪しい男

「いやぁ助かりましたよ……危うくあんな体勢のまま一生を終える所でしたね、ええ」


 数分後、砂中から掘り出されたのは、何とも怪しげな風体の男だった。身に付けた仕立ての良い臙脂色のシルクハットや燕尾服は砂にまみれており、右目のモノクルにもフレーム部分に砂が堆積してしまっている。若そうにも年老いていそうにも見える細面は血の巡りが悪そうな青白さだが、クロが健康状態を確かめたところ特に問題は発見されなかった。


「お二方は正に命の恩人にございます……ところで、つかぬことをお伺いしますが――」


 救出されてから暫く兄妹への謝辞を述べ続けていた男はそこで自分の身体に視線を落とした。


「わたくし、なに故にのでしょうか?」


 男の身体は、強靭な白い糸によって戒められていた。男のメディカルチェックをし終えたクロが、流れるように男を拘束したためである。あまりにも自然な動きにイロハでさえ巻き終わるまで反応出来なかった。


「悪いが……あんたにはとある嫌疑がかかっていてな」


 クロが警戒を隠すこともなく告げる。その手には、男を縛り上げている糸の端が握られていた。


「け、嫌疑ですかな?わたくし、あなた方に何かをした覚えは1つもないのですが……そもそも初対面な訳ですし」


「そうだな。俺たちもに知り合いはいない」


 目の前の怪しい男が魔晶を宿していることに、兄妹は掘削作業の途中で気付いていた。この地点の魔力の反応が濃かったのもそれで納得できた。


 この島の成立に関わっているかまではわからないが、全く関係がないという確証もなかったため、一先ずクロは尋問から入ることにしたのだった。


「おや、あなた方はわたくしの御同輩ではないのですか?魔晶を持っていらっしゃいますよね?」


「でも、私たちは一応人間」


「な!?……なんと」


 イロハの返答に、男は驚愕の表情を見せたが、同時にエメラルド色の瞳の奥が一瞬妖しい光を放っていた。


「俺たちのことはどうでもいい。まずは名前と所属を名乗れ。ちなみに虚偽発言があった場合電流が流れる仕様となっているからそのつもりで」


「なるほどなるほど分かりました。わたくしはバロン男爵。しゅっし……あばばばばばばばばばばばばばばばばばばば!!!!!!!!」


 名前を口にした瞬間、クロが握った糸を通して自由なる旅人の装束ワンダラーズ・クロスから電流が放たれ、男は激しく痙攣した。


「…………な、なる、ほど。こうなる訳ですな。まさか、次の言葉に続ける暇もない程……判定が早いとは」


 どうやら電流の威力を測るため故意に虚偽発言をしたらしく、男は体中から煙を吐きながらも割合けろりとしていた。


「試すのは勝手だが……回を重ねるごとに電流は強くなるぞ?」


 その発言に、男が硬直する。


「………………おや?もしやわたくし自分の首に縄を掛けてしまったのでは」


「大丈夫、嘘をつかなければいいの。簡単な話でしょう?」


「混ざりもののない笑顔!!」


 目線を合わせて無邪気な笑顔を向けてくるイロハに顔をひきつらせながら、男は崩れかけていた体勢を戻す。


「言っておくが、これでもあんたには譲歩している方だ。こっちには問答無用で頭から情報を根こそぎ抜き出す共感幻像さえあるからな。今なら、黙秘権を残してやれる」


 尚、【共感幻像トレース・ビジョン】にはそこまでの威力はない(勿論必要な情報を得るには十分)が、それを目の前の男が知る由はないため、クロは思い切り誇張した表現をしていた。


 実際、それは効果を表したらしく、男は観念したように話し出した。


「……では仕方ありません、真なる名を告げましょう。わたくしはメフィストフェレス。魔王様より89の位階を賜りし劇作家にございます。以後、お見知りおきを……」


「めふぃ……?」


「メフィストフェレスでございますよ、お嬢さん。なんでも異界の悪魔の名前なのだとか。呼びにくければ好きに略して頂いて結構!」


 聞き取れなかったのか疑問符を浮かべるイロハに、メフィストフェレスはウィンクをして見せる。


 一方、クロもクロで別の疑問を抱いていた。


「89の位階ということは、お前も百魔将って奴の1人じゃないのか?“劇作家”とはどういうことだ?」


 百魔“将”というからには、(一部例外シャルロテを除き)軍において集団をまとめ上げる立場を与えられた上位の魔物のことを表すのだろうと考えていたクロにとって、“劇作家”というのはあまりにもかけ離れた単語に思えたのだった。


「ええ、ええその疑問はごもっとも!事実わたくしも戦闘に関してはからっきし。下手すればその辺の駆け出し冒険者に負けるレベルの雑魚でしかありません。正直自分でも“将”を名乗るのは烏滸がましいと感じているくらいでございます」


 身振り手振りの代わりに激しく首を上下させながら、メフィストフェレスと名乗った魔物は言葉を重ねる。


「しかしながら、百魔将とは戦闘用員のみならず、何らかの役職のトップの者は皆持ち合わせている肩書きなのですよ。例えば城の清潔を保つメイドたちの頭や、武具の製作を担当する工房の主、果ては城の料理長もまた、百魔将なのです。勿論位階は軒並み底辺でございますがね……」


「そうなんだ……」


 目から鱗といった様子で、イロハが呟く。ここまで、電流は1度たりとも流れていない。メフィストフェレスの言葉に嘘は含まれていないらしかった。


「そしてわたくしの役割は、疲弊した軍の皆様、そして魔王様に、演劇によって一時の娯楽を提供することにございます」


「つまりあんたは、魔王を喜ばせるための劇団のトップってことか」


「団員はわたくししかおりませんがね」


 は?というクロの反応をよそに、メフィストフェレスは落胆したような様子で語り始める。


「他の魔王軍の皆様は人間を殺すことばかりに躍起になっているので……演劇になど興味を示しては下さらないのですよ……そのため、魔王様はともかく、軍への慰安効果は皆無というのが現状でございます……なんと嘆かわしい」


「そうか……大変だったんだな……」


 クロは同情したように、黙ってメフィストフェレスを糸から解放するのだった。

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