魔人兄妹、南へ

 目を覚ましたクロが最初に見たのは、心配そうに覗き込んでくるイロハの顔だった。やはりうなされていたらしく、吹き出した汗の不快な感覚が全身を苛んでいる。


「また、シャルロテに?」


「不本意ながらな……」


 淡々と洗浄魔法を使ってリフレッシュを試みながら、クロは忌々しげに天を仰ぐ。すると今度は綺麗な醜い色彩の空が視界に入って来たため、クロは更にげんなりとした気分になりながら目蓋を閉じた。気を紛らわすように、清涼な空気を深呼吸で取り込んでいく。


「……だが、今回は感謝すべきだろう」


「どういうこと?」


「後で話す。まずは腹ごしらえをしよう」


「わかったわ」


 ポケットからフクロウの肉団子を取り出し、クロは浮かべた熱湯の球体にそれを放り込んでいく。いつしか朝食の定番と化していたこの肉団子も、これで食べ納めのようだった。目に映る全てが幻のようなこの島では食糧にも期待出来ないため、今後暫くは在庫の潤沢なオニイトハキの肉が食卓の主役となりそうだった。


「――と、いう訳だ」


 事の顛末を語り終え、クロは苔茶で喉を潤した。


「ええっと……取り敢えず、“ヒント”っていうのはどの辺りなの?」


 咀嚼した肉団子を飲み込み、イロハは困惑したように中空へ視線を彷徨わせる。聞いた限りでは、シャルロテの言葉に明確な助言めいた物は無く、ただ単に対処を丸投げされただけのように思えたのだ。


「まあ、そういう反応にもなるよな……あいつは大分言葉が足りなかったから、無理もないが」


 そこでクロは一瞬、シャルロテなりに、自分を魔力の暴発に巻き込まないようにするための配慮として忠告を手短に済ますことを選んだのだろうかと考えたが、その割には余計なやり取りが多かったことを思い出して即座に否定した。


「ヒントは忠告の中に混ぜ込まれている。“今の俺たちに勝ち目はない”、“向こうもこちらを殺せない”。考えるべき部分はこの辺りだな」


「向こうの攻撃力は凄く弱いけど、私たちの火力じゃ仕留めきれないくらい硬い、とか?」


「……イロハの火力で仕留めきれないような敵とは想像するだに恐ろしいな。だが、硬さとは得てして武器にもなるものだ。盾殴りシールドバッシュなんて攻撃方法もあるくらいだしな」


 再び苔茶で唇を湿らせ、クロは先を続けた。


「結論から言えば、今回の敵には“実体がない”のだろうと思う」


「幽霊……みたいな?」


「その通り。現状の俺たちの攻撃手段は基本物理攻撃のみだ。相手に実体が存在しないならば確かに打つ手がない。まあ、向こうにも同じことが言える訳だが、な」


 魔物の中には、物理的な実体や魔晶を持たず、流動的な魔力そのもので“霊体”を構成しているタイプのものがいた。そのような魔物には武器による直接攻撃は勿論のこと、一般的な魔法による攻撃も効果が薄い。イメージを外界へ出力した段階で、大抵の魔法は物理現象へと変じてしまうためである。


 一方で魔物側も実体がないため物理攻撃に頼ることは出来ず、専ら攻撃手段は魔法が中心となる。しかしこの島を形作った術者は既に島全体に滞留する程の大量の魔力を消費してしまっている。加えて幻の維持までしているのであれば、攻撃に回せる魔力があるかは疑問だった。シャルロテはそう考え、泥仕合になることを予測したのだろう、とクロは考えていた。


 この手の魔物に対抗するには、浄化の概念を持ち、霊体にも効果的な光系統の一部魔法を用いるか、霊体を構築しているものと同じ純粋な魔力のエネルギーをぶつける必要があった。とはいえ、兄妹はそのどちらとも相性が良くない。


「だから、高台の頂上にたどり着くまでに、俺が魔法を構築する。俺たちでも、非実体の相手に対抗できるようなものをな」


 シャルロテの忠告は、まとめてしまえば『(攻撃手段が物理方面に偏っている)今のクロたちでは術者を倒せないから、接敵までに対処法を用意しておくように』ということだろう、とクロは考えていた。「あなたに説明するならこれだけでも十分でしょ?」というあの悪魔のドヤ顔が浮かんで来て、少し腹立たしい気分になる。


「わかったわ。それじゃあにぃ様が魔法の創造に集中出来るように、周辺警戒を普段以上に頑張るわね」


「ありがとう。そうしてくれると助かる」


「えへへ」


 髪を撫でる手のひらの心地よさに目を細めながら、イロハは食器をクロに手渡した。表面の油によるてかりは瞬時に洗浄魔法で消し去られ、食器類はそのままクロのポケットへ消えて行く。


「それでは出発しよう。目標は南の浜辺だ」


「はい、にぃ様!」


 石人形ゴーレムたちによって一瞬の内に解体されたテントがポケットに納まるのを確認し、兄妹は海岸線に沿って歩き始めた。




◼️◼️◼️◼️◼️◼️




 ところで、イロハは島に上陸した際、風読みで島の全景を精査していた。その時、浜辺を中心としてひょろりとした細長いものがあちこちに立っていることを確認していた。


 クロを介抱しながらだったため正体を確かめる術がなく、イロハはそれらを“奇妙な形の木”だと思っていたのだが、近付いて行くにつれて、それが木などではないことが明らかになった。


「なんともまた……異様な風景だな」


 目標地点まで約500メートルに迫った頃、クロは周囲へ胡乱な視線を向けながら立ち止まった。


 砂浜に立ち並ぶ、細長い何か。それは樹木の類いではなく、子供の知育玩具を思わせるカラフルなブロック状の物体が幾つも積み上がった物だった。ブロックは上に行く程枝分かれするように積まれており、木と間違えてしまうのも無理はないと思える造形だった。


 あまりにも自然から乖離かいりした奇怪なオブジェは小さいものでイロハの腰辺り、大きくてもクロと同等程度の高さと、そこまで大きなものではない。質感は見た目に違わずゴツゴツとしており、そして、何故か人肌くらいの温もりを感じられた。


「この空や海といい、色の洪水に酔ってしまいそうだ……」


「私も……」


 テンションを急降下させながら、兄妹はオブジェの林を縫って浜辺を進む。南に近付くにつれて、オブジェの密度も増して行った。勿論オブジェの正体も気にはなるのだが、今はそれよりも行くべき場所があった。


 そして遂に、2人は目標の地点、この島の中でも特に魔力が濃いポイントの1つにたどり着く。


 そこにあったのは、砂浜から突き出た黒灰色の二股の柱。




 否、であった。




「何これ、どうなってるの!?」


「取り敢えず助け出すぞ!」


 一瞬呆気に取られかけたが、兄妹はすぐに気を取り直して救出作業を開始した。

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