魔人兄は忠告を受ける
「やっほー!追手から逃げ切ったと思ったらすぐさま変な島に閉じ込められちゃった宿主クン率直に現在の感想をどーぞー!!」
テントでイロハと共に眠りに就いたと思った瞬間、クロの聴覚を糖度の高い声がテンション高く蹂躙した。
「…………最悪」
「文字数もひねりもたりなーい。5点」
返答すら面倒だとばかりに平坦な声を発したクロへ、シャルロテはベッドに腰掛けて脚を揺らしながら口を尖らせる。
「もうちょっとさぁ、観客を楽しませようっていう気概はないわけ?」
「知るか」
クロは心底うんざりしたようにため息を吐く。住人の性質上、訪れるのなら最大限の警戒をしなければならないこの部屋は相変わらず暴力的なショッキングピンクの上、敷き詰められたぬいぐるみのせいで足の踏み場もない。
悪夢対策の魔法もまだ完成していないため、寝起きはまた不快なものとなるだろうと考えると、クロは憂鬱な気分になった。
「前に言ったはずだ。俺はあんたに忖度するつもりはないと」
「そーだけどさー……一応一心同体のパートナーなんだから少しくらい優しくしてくれてもよくなーい?」
「いやあんた、前に自分で“居候みたいなもの”って言ってただろう。いつの間にランクアップした」
「対応が塩なのはそのせいかおのれ数日前の私ッッッ!!」
八つ当たりを食らった哀れなぬいぐるみが1体、壁のシミになった。
「そして生憎パートナーの枠は埋まっているし未来永劫変わることはない」
「やーきーもーちー」
駄々をこねるように、シャルロテはベッドに上体を倒して転げ回る。その過程でぬいぐるみがまた1体綿屑になった。
「それより、何か用があって俺を呼びつけたんじゃないのか」
「あーもう調子狂うなあ……バルファースやドリステラを見習いなさいよ。反応がちっとも可愛くない……」
「いいからさっさと本題に入れ」
「わかった、わかりまーしーたー」
咳払いを1つ。それを境に、破綻の悪魔の纏う空気が変わった。これまでも急激な雰囲気の移り変わりはあったが、今回のそれは落差の桁が違っていた。
そして――
「単刀直入に言えば、今回、
放たれた言葉もまた、強烈な衝撃を伴ってクロの心に叩き込まれた。
「……どういう意味だ?」
怪訝な表情で、クロはシャルロテに問い返す。シャルロテは白い脚を組み換えつつ、
「言葉通りの。あの島からの脱出方法は術者の撃破だけど、今のあなたたちにそれを為すことは出来ないわ。もっとも、向こうもあなたたちを殺せないから、泥沼の戦いを繰り返すことになるかしらね」
「犯人に心当たりが?」
シャルロテはニヤリと口の端を釣り上げ、
「ええ、答えはイエス。でも以降はネタバレになるから言わないわ」
「“それじゃあつまらないから”、だろう?ハナから期待していないさ」
「わかってるじゃない。流石ね」
手をたたくシャルロテに、クロは肩をすくめて見せる。シャルロテの性格上大した情報は提供してくれないだろうとは思っていたのだった。
「しかしわざわざ忠告とは、一体どういう風の吹き回しだ?」
そもそも、シャルロテがこうして干渉してくること自体がクロにとっては予想外のことであった。直接の干渉は、兄妹の行動の結果として生み出され得る“予測もコントロールも出来ない未来”に楽しみを見出だしているであろうシャルロテにはマイナスとなる行為のはずだったからである。
「単純な話よ」
シャルロテはベッドから立ち上がると、大袈裟に身振りを交えながら話を続ける。
「考えてもみなさい。このままあなたたちが黒幕と激突したとして、待っているのは延々と続く泥仕合。進展もないし盛り上がりにも期待出来ない不毛な争い!そんなものの何をどう観て楽しめと!?」
シャルロテは興奮しながらずんずんとクロへ詰め寄り、遂にはクロを壁際に追い詰めてしまった。ピンクの壁面に叩き付けられた手のひらが砲撃のような重低音を発すると同時に、部屋のあちこちでぬいぐるみが弾け飛ぶ。
「取り乱したわ」
クロの左腕のすぐ横から細腕を引き戻し、シャルロテは再び咳払いをする。頭に飛び散った綿が降り積もっているがそれを気にする様子もなく、彼女は豊満な胸を押し上げるように腕組みをしながら言葉を続けた。
「まあつまり何が言いたいかっていうと、そんなつまらない未来が来ることがほぼ確定事項だってのに、指咥えて見てなんかいられるか!……ってことよ」
「理解した。俺としてもそんな未来はご免被る」
「でしょ!?だから今回は特別。
じゃあね、と、シャルロテが指を鳴らした瞬間、クロは激しい眠気に襲われ、絨毯の上に膝を突かされた。
「……もう少し、引き留められるかと思ったぞ」
「ちょっと今魔力の調子が狂っててね。何かの間違いであなたを吹き飛ばしても困るし……いや、それはそれで」
クロは知るよしもないことだが、シャルロテはジルヴァンとの1戦で深手を負わされており、丁度回復に専念している所だった。魔力の異常はジルヴァンの攻撃によるものであり、ぬいぐるみの破壊も、感情が昂ったシャルロテが魔力の制御を誤ったことが原因だった。
「そういう訳だから、今夜はここまでってことで。無事に切り抜けられたらキスしてあげるから、頑張りなさいな」
「……イロハより可愛くなってから出直しやがれ」
ひーどーいー、という抗議の声を聞き流しながら、クロは微睡みに身を任せた。
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