魔人兄妹は方針を定める
「ともあれ、何をするにもまず拠点を作らなければな」
クロがイロハの顔を見てそう言った。直前までの強烈な怒気は鳴りをひそめ、今は穏やかな表情に戻っていた。
そのことにイロハは内心で安堵しながら、
「拠点……材料とか、あったっけ?」
と、問いを返す。
施設から脱走してから今まで、兄妹は拠点を作ったことはなかった。樹海ではシドクジュカイリュウを移動要塞代わりに利用出来たし、遺跡では元からあった部屋を整備して使えたからだ。
「ああ、逃げ出してからは野宿が基本になると思っていたからな。当然テント一式を
このように、と、クロはポケットから深緑色を中心としたカラーリングの、一抱え程度ある布の塊を取り出した。布の塊はすぐさま足下の砂が集まって出来たイロハ型
「……自己ベスト更新だな」
役目を終えて一斉に砂へ還って行く
「因みにその自己ベストっていうのは、まだ
「ついでに言えば同時操作数も3体までが限界だったし操作感も今ほど良くなかった。『自分の好きなものはイメージの対象としても優秀』ということだな。お前も覚えておくと良い」
「そ、そうね……」
微かに頬を染めながら、イロハはテントを覗き込むクロの側に近寄って行く。正四角錐型のそれはこじんまりとしていて、特に長身のクロが中で立ち上がることは出来そうになかった。
「元々複数人で逃げることを想定していなかったから、このテントも1人用なんだ。狭くて申し訳ないが……」
「どうせにぃ様にくっついて寝るからあんまり関係ないわ」
イロハの返答に、クロはそれもそうかと納得する。思い返せば、睡眠時に身を寄せ合っていなかったことはこれまでない。
「それで、次はどうするの?」
「そうだな……」
クロが少し思案すると、ポケットからワーム肉の入ったパックを取り出す。
「食事にしよう。流石に腹が減っただろう?」
兄妹が最後に物を食べたのは、遺跡脱出よりも前のことだった。願ってもない提案に、イロハは一も二もなく頷いた。
◼️◼️◼️◼️◼️◼️
手頃な石を並べて座り、ボイルされたワーム肉に舌鼓を打ちながら、兄妹は今後の方針を固めることにした。
日が落ちて周囲はすっかり暗くなっているが、敵が潜んでいるかもしれない場所で明かりを灯すのは避けたいというクロの意向で、兄妹は代わりに暗視の魔法を使っていた。
上空には相変わらず重い雲が垂れ込めており星空は見えないが、不規則に点滅するカラフルな光の粒が、その代替物となっていた。
この幻に閉じ込められたような謎の島は、全域に渡って何らかの魔法の跡らしき濃密な魔力が滞留している。しかしそれにも場所によって濃度に差があるということは、2人が今いる地点からもわかっていた。
虚無の海に近い程薄く、島の中心に近付く程濃い。
「特に、あの高台の頂上。明らかにあそこが異常の中心だ」
クロは件の高台へと目を向ける。見た目には何の変哲もない崖でしかないが、他の場所とは漂っている魔力の濃度が桁違いだった。
「あの辺り、信じられないくらい気流が乱れてるの……崖を直接登ったり、魔法で飛んで行くのは危険だと思う」
「となると、あそこを調べるにはやはり島の反対側から行くしかないな」
手元の地形図を指でなぞりながら、クロは言った。イロハのサーチした情報を元に、【
高台は島の西側に向けて緩やかに傾斜しており、そちらからならば安全に登れそうではあった。
「そして更に気になるのが……」
紙上を滑る指の動きに合わせ、余ったインクが波打って地形図の2ヶ所に星形の印を刻む。1つは兄妹のいる地点に程近い南側の浜辺、2つ目は遥か北端の岬だった。
「この2地点。高台程ではないが魔力が濃い」
「何か、あるのかな……」
「わからない。が、行ってみても損はあるまい。幸い片方はここから近いし、北の端にも、島を回り込む過程で立ち寄ればいいだろう」
食べ終えたイロハから食器を受け取り、クロは洗浄魔法をかけてポケットにしまい直す。イロハは細いお腹を満足そうにさすりながら、
「それじゃあ明日は……南に行ってみる?」
「そうだな。情報でも物でも、この島の攻略に役立つ何かがあればいいが……」
閉じた地形図もポケットに納め、クロは島の南方に視線を向ける。暗視中とはいえ、流石にこの場所から何かが見えるようなことはなかった。
そんな兄の様子を見て、イロハはクスりと笑う。
「にぃ様、なんだか楽しそう」
「ん……そうか?まあ、確かに未知を明かすというのは楽しいことかもな」
「……良かった」
イロハはそっと、兄の肩に身を寄せる。
「にぃ様、ちょっと余裕を失くしてたみたいだったから」
「……もしかして顔に出ていたか?」
「目の奥とか、ギラギラしてたよ」
でもね、と、イロハは不意にクロの頬へ手を添えてその顔を自分の方へ向けさせた。
「今は凄くキラキラしてるの。あんな偽物の空よりもずっと綺麗に。だから安心したわ」
聞いて、クロは自らを顧みた。遺跡からの脱出に成功したと思った矢先に、得体の知れない島に囚われたことで怒りを覚えていたのは間違いない。自分で思うよりも、心は余裕を失っていたようだった。
妹に、不安を覚えさせる程に。
「……すまない、心配をかけたな」
「ううん。元はと言えば、私たちを閉じ込めている奴が悪いんだもの。私だって怒ってるんだから」
イロハは立ち上がると、両手を広げてクロの前にたった。晴れやかなその顔には、悪戯を思い付いた子供のような笑みが浮かんでいる。
「私もにぃ様と、想いは同じ。台無しにしてやりましょう?大人しく捕まっているなんて、らしくないものね」
胸を張る妹の様子に、笑い声を漏らしながら、
「だな」
クロはしばらく振りに、イロハの頭を撫でるのだった。
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