勇者一行は捜索する

 大陸東の大国、ブロンザルト王国の王都、メダリア。


「ごめんなさい、ちょっと通してね!」


 レンガ造りの家々が建ち並ぶ整然とした大通りを、人々の合間を縫って駆け抜ける緋色の影があった。


 ショートパンツから伸びた長い脚が躍動する。編み込まれた長髪が腰の辺りで尻尾のように左右へ揺れ動く。


 つばの広い緋色の帽子と同色のマント。そして、背中の、先端に天球儀を模した深い青の宝玉が嵌め込まれた長杖。それはこの王都において、とある人物を示す記号であった。


緋焔の魔女スカーレットウィッチ】、オリヴィア・ゼレウス。


 ブロンザルト王国から魔王軍を退けた【黒虹の勇者】の勝利に貢献した3人の仲間、通称“勇者パーティー”の一員である17歳の少女だった。


「マスター!」


 走って来た彼女は、王都の東端にあるとある建物の扉を勢い良く開き、さながら弾丸のようにそこへ飛び込んで行く。唐突過ぎる英雄の来訪に、軽食を取っていた女性たちのパーティーや、仲間内でカード遊びに興じていた男たちは思わず手を止めていた。


 ここはブロンザルト王国のハンターズギルド本部。危険な生物の駆除や素材の回収を生業とする、“ハンター”と呼ばれる者たちへ仕事の斡旋をする場所だった。


「はあっ、はあ……マスター…………マスターは、いますか?」


 空いていたカウンターで息を整えながら、オリヴィアは包容力があると評判のベテラン受付嬢に問いかける。受付嬢は一瞬目を丸くしたがすぐに立ち直り、ギルドマスターを呼ぶため奥に引っ込んで行った。


「おう、緋色の魔女さま!暫くぶりじゃねぇか」


 背後からの呼び掛けにオリヴィアが額を拭いながら振り返ると、筋骨隆々の上半身を惜しげもなく晒したスキンヘッドの巨漢が、手にしたジョッキで泡立つ黄金色の液体を飲み干す所だった。傍らに置かれている使い込まれた戦槌ウォーハンマーが、並々ならぬ存在感を放っている。


「ちょっとドルガンさん、その呼び方は止めてったら!あとなんか微妙に違うし」


「ガハハハハ!!いいじゃねぇかよ!あんなちっこかったガキが何時の間にか色んな意味でデカくなっちまったってんだから。めでてぇ話じゃねぇか」


「それ、下手するとセクハラだからね?」


「ええ?そうか悪ぃ悪ぃ」


 そう言いつつジョッキをテーブルに叩きつけ、ドルガンと呼ばれた巨漢は近くを通りかかった小柄な新人の受付嬢に追加の麦酒を注文した。「は、はいなのですぅ!」と、受付嬢はあわあわしながら厨房に駆け込んで行った。


「また昼間からそんなに飲んで……奥さんに怒られても知らないわよ?」


「あ、ああっと……カミさんには内緒にしといてくれ」


 ドルガンのいるテーブルに並んだ空ジョッキの群れを見ながら、オリヴィアは「仕方ないなぁ」と嘆息する。彼が“大酒飲みのドルガン”、あるいは“鋼の肝のアイアンレバードルガン”と呼ばれる所以であり、このギルドではお馴染みの光景であった。


「ところでオリヴィアよ。最近の姿を見掛けねぇんだが、何か聞いてねぇか?」


「え!?ああ、そうね……」


 問われた瞬間オリヴィアは思わず心臓が飛び出るかと思ったが、なんとか平静を取り繕う。


「あいつ今、セルリオに行ってるのよ。私とミラとガルゼムが休暇取ってる間に、何だか王様に頼みごとされたみたいでさ。ついでにバカンスしてこいって言われたんだって」


「セルリオか……それじゃ暫く戻ってこねぇな?」


 セルリオは、王都から南東に馬車で5日程の距離にある、美しい砂浜が人気の港湾都市だった。


「じゃあ、帰って来たらギルドに顔出せって言っといてくれよ。あいつが言う異世界の動く箱の話、うちのガキが楽しみにしてんだ」


「わかったわ。伝えとく」


 その時、受付嬢がギルドマスターを連れて戻って来た。


「オリヴィア、良く来たな。さあ、こっちだ」


 ドルガンに負けず劣らずの巨躯を揺らしながらやって来たハンターズギルドの長、ゴドノフがオリヴィアをカウンターの内側へと促す。オリヴィアはドルガンへ手を振ると、ゴドノフの後に付いて応接室へ消えていった。




◼️◼️◼️◼️◼️◼️




「ただいま!」


 あれから約2時間後、オリヴィアは王都の中央広場の片隅にある教会の1室の戸を開いた。そこはこじんまりとした1人用の寝室で、事実上“勇者パーティー”の拠点と化している部屋だった。


「お帰りなさい、オリヴィア。お茶を出しますね」


「ありがとう」


 部屋の中央に置かれたテーブルのそばにオリヴィアが腰を下ろすと、先に座っていたこの部屋の主が、淡々とポットに魔法で作り出したお湯を注ぐ。“マキトアナゴケ”の独特な香りがテーブル上に広がった。


「どうぞ」


「いただきます」


 精緻な装飾のカップを傾けると、甘苦いと言うべき不思議な味の液体が、喉を通ってオリヴィアの疲労した身体に染み渡っていった。


「ガルゼムは?まだ来ないの?」


「あちらに」


 オリヴィアがもう1人の仲間の名前を出すと、黒いシスター服の少女は静かにベッドを指した。そこには、精悍な顔つきをした30代位の金髪の男性がうつ伏せで転がっている。


「……え゛」


「休暇の合間に貯まっていた仕事を片付けていたとのことです。大変お疲れの様子でしたので、ひとまずそちらに」


「いや、よく平気で自分のベッドに男寝かせられるわねあんた……」


「何か問題が?」


「……なんでもないわ」


 言いたいことは色々あったが、小首を傾げるフード越しの無垢な蒼眼を前に、オリヴィアは何も言えなくなってしまった。


 この2人こそが、オリヴィアの仲間――“勇者パーティー”のメンバーである。



 小さな両手でカップを口に運ぶ、黒いシスター服の銀髪少女、【天界の門衛ヘヴンズガーディアン】、ミラ・エドワイズ。


 力尽きて爆睡中の、王国第1騎士団長にして騎士団最強の男、【人間城塞アンブレイカブル】、ガルゼム・ドラン。



 かつて【黒虹の勇者】と肩を並べて戦った英雄たちが、およそ2ヶ月ぶりに集結していた。


「それで、ギルドマスターは、なんと?」


「ああ、ええとね……」


 オリヴィアは腰に付けた小さな若草色のポーチから紙束を引っ張り出した。オリヴィアの魔法で一般的な二階建て家屋並のサイズに内部空間が拡張されているポーチだった。


「各地の支部と連絡を取り合って貰ってたんだけど……めぼしい情報はないみたい」


 ミラがテーブルに広げられた紙に目を通していく。それは各街にあるハンターズギルドの支部長から、ゴドノフへ宛てられた手紙の写しだった。文面こそ違えど、書いてあることを要約すると、全て同じ内容となる。


 すなわち、手掛かりなし。


「ミラの方は、どう?」


 ミラは手紙を束ねてオリヴィアに返し、


「……1つ、気になる情報が」


 ミラが指を振ると、シスター服のゆったりした袖口から数枚の書類が飛び出し、オリヴィアの眼前に浮遊した。


「こちらはガルゼムが調べて下さっていたもののまとめになります。彼の元にも、どうやら騎士団への依頼として同じ情報が寄せられていたようでして」


「『王都内における行方不明者の推移』と、こっちは行方不明者のリストね……」


 オリヴィアは行方不明者数を示したそのグラフの1点を見つめ、形の良い眉を寄せる。


「先月の半ばから、妙に増えてるわね……」


「はい。私も市内巡回の合間に幾度となく神隠しの噂を耳にしました……」


 ミラはそこで一度言葉を切り、オリヴィアの灼眼をまっすぐに見る。


と、関係があると思いますか」


「むしろ、それ以外に考えられないわ」


 オリヴィアは、確信を持ってミラの瞳を見つめ返す。


「あいつは確かに口数が少ないけど、私たちに何も告げずにいなくなるような奴じゃないし、その辺の人拐いじゃ相手にならない。あいつは今、私たちの知らない所で戦っているはず」


 オリヴィアはカップの中身を飲み干して、


「私たちは、私たちに出来ることをやるしかない。これから冒険者ギルドの方に顔を出して来るわ。吉報を祈ってて」


「分かりました。私は引き続き頭脳労働に励みます。ガルゼムの口からも、直接お話を聞かなければなりませんから」


「了解。そっちはお願いするわね」


「オリヴィアもお気を付けて。くれぐれも内密に」


 ミラは口元で人差し指を立てた。



だなどと、バレてしまえば大騒ぎになってしまいますから」



「……ええ、もちろんよ」


 そう残して、オリヴィアはミラの部屋を後にする。


 事が発覚したのは、オリヴィアが休暇を切り上げて故郷の街から王都に戻って来た日。腕いっぱいの土産を抱えて、勇者がお忍びで借りている集合住宅の1室を訪ねたのがきっかけだった。遡ること1週間前のことである。


 勇者が不在だったため、オリヴィアはあちこちに勇者の居場所を尋ねて回ったが、ミラもガルゼムも部屋の主の行方を知らず、王ですらも初耳と言う有り様。即座に箝口令が敷かれ、ハンターズギルドや王都の教会、そして人々から寄せられる様々な依頼をこなす便利屋の集まりである、冒険者ギルドの上層部にも内々に捜索の依頼が出された。しかし、未だに有力な情報は上がって来ない。


(ユウジ……何処にいるの?)


 一縷の望みを賭けながら、オリヴィアは冒険者ギルドへと急ぐのだった。

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