魔人妹は呼応する

 ギリギリと、全身を糸に締め上げられながら、魔人1号は視線を巡らす。細いが、信じられない程強靭な糸だった。


(元の強度もあるだろうが……強化魔法の気配もするな――忌々しい!)


 それを射出しているのは、極めて小型のイロハ少女石人形ゴーレム。クレーターの外周に沿って等間隔に6体並び、台地に打ち込まれた円錐形の物体を構えていた。


 その正体は、ムササビの尾を加工した拘束用糸の射出装置。戦闘の合間にクロがばらまき、石人形ゴーレムたちが瓦礫の陰に引き込んで隠していたものだった。


「ナメた真似を!」


 魔人1号は最も膂力に優れる左腕に全ての意識を集中し、渾身の力でもって糸を引きちぎりにかかる。クロも最も脅威に感じていたのか左腕の拘束には2本の糸が割かれていたが、そこからブチブチと異音がし始め、可動域が徐々に広がっていった。


 その時、左腕の方に視線を向けていた魔人1号は、見た。


 戒められた左腕の、更に先。


 気を失って倒れているイロハの姿が、


 突如、


「――!?」


 驚愕に一瞬硬直する魔人1号の視線の先で、イロハの身体は激しくブレと明滅を繰り返し、やがて完全に消失する。跡には、崩落に巻き込まれて破壊されたと思しき整備ゴーレムの上半身が横たわっているのみ。


(馬鹿な……【欺く像影ダミーテクスチャ】だと!?)


 周囲の風景に別の映像を重ねて、視覚情報を撹乱させる魔法。それを認識すると共に、魔人1号は激しく視線を彷徨わせる。


(なら168番やつは……168番やつはどこに――)


 その、刹那――


 トン、と。軽く肩を叩かれたような感覚と共に、






 結晶の左腕と、両の翼が宙を舞った。






◼️◼️◼️◼️◼️◼️






(――【小さき勇者に、ライジング・希望あれホープ】)


 胸の中で響いた、囁くような声。じわりと温もりが広がるような心地よさの中で、彼女は静かに腰を上げた。


 開戦前に、兄から告げられた言葉を思い出す。


“この魔法を合図に、幕を下ろせ”


 つまりは、全てのお膳立てが整った、ということ。




「『此れなるは、孤高の風精より受け継ぎし至上の刃』」




 右手の木杖を下段から反時計回りに回し、勢いよく真横に伸ばす。同時に杖の先端から発生した気流が収束し、ジルヴァンが使う物に酷似した片刃の刀身を形作った。




「『我が身を一陣の風と為し、あらゆる障害を斬り祓わん』」




 瞑目したイロハは大きく両腕を開き、に身を投じる。


 魔人1号が天井を破った瞬間、イロハは入れ替わるように上階へと移動し、兄の戦いを見守りながらその時を待っていた。


 何度飛び出してしまいそうになったかわからない。援護射撃を思い止まったのも、一度や二度ではない。“時が来るまで見つかってはならない”と、理解していたから。



 全ては、確実な勝利のために。


 手にした自由を、確固たるものとするために。



 落下すると同時に、イロハは【風駆け】を発動。空気と同化し、フワリと、音も無く地表の空気へ降り立った。


 膝を大きく曲げて上体を深く沈め、両手で握り締めた気流の刃を腰だめに構える。


 眼前には、全身を戒められた竜の化身。そしてその奥に、敬愛する兄の姿。


(にぃ様……)


 魔人の祖に向けて放たれた兄の叫びは、イロハにもしっかりと届いていた。


(私に、希望をくれてありがとう。鳥籠を開いてくれてありがとう。今の私があるのは、にぃ様のおかげよ)




「『秘奥、開帳――』」




 手にした気流の密度が増す。


 竜の翼を断つために、その刃が研ぎ澄まされて行く。


(見ていてね、にぃ様。わたしが輝くための場を作るのが、にぃ様の責務だと言うのなら――)


 木杖かたなを握る手に渾身の力を込め、イロハは両脚のバネを解き放った。


(私の役目は!その期待に全身全霊を以て応えることだッ――!!)















「【裂空】」










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