魔人妹は呼応する
ギリギリと、全身を糸に締め上げられながら、魔人1号は視線を巡らす。細いが、信じられない程強靭な糸だった。
(元の強度もあるだろうが……強化魔法の気配もするな――忌々しい!)
それを射出しているのは、極めて小型の
その正体は、ムササビの尾を加工した拘束用糸の射出装置。戦闘の合間にクロがばらまき、
「ナメた真似を!」
魔人1号は最も膂力に優れる左腕に全ての意識を集中し、渾身の力でもって糸を引きちぎりにかかる。クロも最も脅威に感じていたのか左腕の拘束には2本の糸が割かれていたが、そこからブチブチと異音がし始め、可動域が徐々に広がっていった。
その時、左腕の方に視線を向けていた魔人1号は、見た。
戒められた左腕の、更に先。
気を失って倒れているイロハの姿が、
突如、
「――!?」
驚愕に一瞬硬直する魔人1号の視線の先で、イロハの身体は激しくブレと明滅を繰り返し、やがて完全に消失する。跡には、崩落に巻き込まれて破壊されたと思しき整備ゴーレムの上半身が横たわっているのみ。
(馬鹿な……【
周囲の風景に別の映像を重ねて、視覚情報を撹乱させる魔法。それを認識すると共に、魔人1号は激しく視線を彷徨わせる。
(なら
その、刹那――
トン、と。軽く肩を叩かれたような感覚と共に、
結晶の左腕と、両の翼が宙を舞った。
◼️◼️◼️◼️◼️◼️
(――【
胸の中で響いた、囁くような声。じわりと温もりが広がるような心地よさの中で、彼女は静かに腰を上げた。
開戦前に、兄から告げられた言葉を思い出す。
“この魔法を合図に、幕を下ろせ”
つまりは、全てのお膳立てが整った、ということ。
「『此れなるは、孤高の風精より受け継ぎし至上の刃』」
右手の木杖を下段から反時計回りに回し、勢いよく真横に伸ばす。同時に杖の先端から発生した気流が収束し、ジルヴァンが使う物に酷似した片刃の刀身を形作った。
「『我が身を一陣の風と為し、あらゆる障害を斬り祓わん』」
瞑目したイロハは大きく両腕を開き、
魔人1号が天井を破った瞬間、イロハは入れ替わるように上階へと移動し、兄の戦いを見守りながらその時を待っていた。
何度飛び出してしまいそうになったかわからない。援護射撃を思い止まったのも、一度や二度ではない。“時が来るまで見つかってはならない”と、理解していたから。
全ては、確実な勝利のために。
手にした自由を、確固たるものとするために。
落下すると同時に、イロハは【風駆け】を発動。空気と同化し、フワリと、音も無く地表の空気へ降り立った。
膝を大きく曲げて上体を深く沈め、両手で握り締めた気流の刃を腰だめに構える。
眼前には、全身を戒められた竜の化身。そしてその奥に、敬愛する兄の姿。
(にぃ様……)
魔人の祖に向けて放たれた兄の叫びは、イロハにもしっかりと届いていた。
(私に、希望をくれてありがとう。鳥籠を開いてくれてありがとう。今の私があるのは、にぃ様のおかげよ)
「『秘奥、開帳――』」
手にした気流の密度が増す。
竜の翼を断つために、その刃が研ぎ澄まされて行く。
(見ていてね、にぃ様。
(私の役目は!その期待に全身全霊を以て応えることだッ――!!)
「【裂空】」
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