魔人兄妹、交戦

 迫り来る陽光の暴威に対し、クロは落ち着いて【雷霆の天幕スパーク・カーテン】を起動した。足元で発生した小爆発が、クロの身体を一気に上空へ打ち上げる。標的を喰いそびれた光弾が空洞奥の壁を破壊する轟音をバックに、クロはポケットから未加工のオニイトハキの牙数本を取り出した。


 直後に【剛撃投射アサルト・スロー】込みで投げ放たれたそれらが矢の如き速度で魔人1号に迫る。未加工とはいえ、素材自体の強度が高いためこれでも下手な鎧なら貫徹する威力があった。


 その内1本が正確に自分の眉間を狙っていることに気付き、魔人1号は舌打ちと共に発光する左爪を振るった。遅れて発生した【竜の爆爪ドラゴンクロー・ボム】が飛来する牙をまとめて吹き飛ばす。


 クロはその爆光に紛れて自由なる旅人の装束ワンダラーズ・クロスの認識阻害を発動し、魔人1号の視界から消えた。


 周囲へ激しく視線を巡らせる魔人1号を横目に瓦礫の中を駆けながら、クロはポケットからとあるものを取り出してあちこちに設置していく。それはムササビの尾先を加工した円錐形の物体だった。


 一通り設置を終えたクロは魔人1号の背後で認識阻害を解き、電光をナイフの刃に収束させた。


「【奔れディスチャージ】」


 指揮棒のように正面へ突き付けられた短剣の切っ先から光線のように電流が放たれる。魔人1号は一瞬早くそれに気付き、鱗に覆われた左手をギリギリのタイミングで盾にした。掌に命中した電流が四方八方に飛び散る。


 効果無しと見たクロは早々に電流の放出を停止し、再び駆け出した。魔人1号が返す刀で放った【天照爆砲ソーラーバーン】を回避し、石人形ゴーレム整備場への階段を背にする。今の状態のイロハが流れ弾に曝されないよう、位置取りには細心の注意を払わなければならなかった。


 足を止めたクロへ、魔人1号が【光線レイ】を放つ。シンプルな白い光線を放つという下級の魔法ではあるが、その高い貫通力と文字通り光の速さに達する弾速により極めて高い攻撃性能を持っており、“光系統の魔法使いを相手にするなら真っ先にこれを対策すべし”と言われる程である。


 しかし、クロの身に風穴を空けんと放たれたそれは、射出した瞬間下方へ屈折し、クロの手前の台地を削るだけの結果に終わった。


(いったい何がどうなってんだ……?)


 先の多連光条クラスター・レイに続いて、これで2度目。意図しない挙動を見せる己の魔法に、魔人1号は内心で歯噛みする。体調も魔力のコンディションも最高の状態だという自信があるため、尚更不可解であった。


(効いてはいるな)


 一方クロは、先程台地にばら蒔いた土に魔力を通しながら魔人1号の様子を観察し、とある魔法の効果を確認していた。魔人1号と接敵した際に無詠唱で仕掛けておいた魔法だった。


 オリジナル魔法【大いなる悪フォールンに、絶望あれ・デスペアー】。


小さき勇者ライジングに、希望あれ・ホープ】の逆バージョンと言える魔法であるが、基本的に魔法を使う外敵に使うことを想定した魔法であるため単純に“自信を喪失させる”というだけの効果ではない。どちらかと言えば、完成前の魔法に余計なイメージを送り込むことで誤作動を誘発するという点がこの魔法の肝だった。


 クロはこれによって魔人1号の魔法に“発射寸前で標的が真下に急降下していく”ようなイメージを一瞬だけ送り込み、放たれた魔法が地面に激突するよう誘導していたのだった。


 魔人1号が使う【光線レイ】への、クロなりの解答がこれである。流石に強固なイメージを必要とする上級魔法へ割り込む隙はなかったものの、最も厄介な魔法を事実上封じられたのは御の字と言えた。


(【石人創成ゴーレム・バース】、及び【剛撃投射アサルト・スロー】)


 点在する全ての土の集まりを対象に、クロは魔法を発動する。土は瞬時に人の腕を形作り、手近な瓦礫や散らばっていたオニイトハキの牙を掴むと一斉に投擲した。並行して付与されていた【剛撃投射アサルト・スロー】の効果もあり、十分過ぎる程の破壊力を秘めた飛翔体があらゆる方向から魔人1号を襲う。


 対して、姿勢を低くした魔人1号は瞬間的に背の翼を変形させた。真下に向けた翼爪をアンカーとして台地に打ち込み、輝く翼膜を前面に回して身体を包み込む。


「【竜のドラゴンウィ翼盾ング・ウォール】」


 直後に飛翔体が殺到したが、展開した翼膜が放つ淡い白光がそれらを悉く弾き飛ばして地に落とす。魔人1号の身体には、ただの1発も届かなかった。


「足らねえなぁ……火力が足らねぇよ」


 防御形態を解除した魔人1号が凄絶な笑みを浮かべた。翼膜の奥から現れたその左手には肩口から流れ落ちるように魔力が集まり、耀く珠のようになっている。


 再び認識阻害を使ったらしいクロは既に姿を眩ましていたが、最早そんなものは些末事でしかない。


 白光そのものと化したような左手を、晶竜の化身は天にかざす。


 光乏しき地底を染め上げる、其はまさに太陽の顕現。


「俺を止めたいなら、せめてこのくらい持って来やがれ――【滅光にて爆ぜよ、大地パラダイス・ロスト】!!!!」


 打ち降ろされた正拳が、閃光と共に地表を吹き飛ばした。

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