魔人兄妹と、壁画

 兄妹は岩壁の前まで歩くと、白骨の前に立て膝を突いた。


石人形ゴーレムの術者……かな?」


「そうだろうな」


 白骨には身元を示すようなものは何も残されてはいない。長身の男性であるということが、辛うじてわかる程度だった。


 おそらくは、巨大ゴーレムの術者。


 自立型、車輪型など、型破りな石人形ゴーレムをいくつも創造し、この石人形循環洞を築き上げた者。


(そして、我々よりも前にここに身を潜めていた、隠遁者の先達)


 顔を上げれば、特別模様が入っている訳でもなく、凹凸もほとんどない無貌の岩壁が視界いっぱいに広がる。


「巨大ゴーレムの作業対象になりそうな物は、やはりこの壁くらいか……?」


 立ち上がって目の前の壁に右の手のひらを押し当てると、そこから微かに、魔法の気配が感じられた。クロは気配の源を探り当てると、試しにそこへ向けて少量の魔力を流し込む。


 次の瞬間、クロの手が触れていた場所を中心として空色の波紋が岩壁全体に広がり、それに合わせて岩壁の表面が鮮やかに色づいていく。


「これは――」


「綺麗……」


 そこから展開された光景に、1歩下がったクロは感嘆のため息を漏らし、イロハはうっとりと見入っていた。


 それは、巨大な岩壁の一面を、まるごと使って描かれた絵画だった。城壁に囲まれた大都市が、斜め上方から俯瞰するような構図で描かれている。


 しばらくすると、岩壁の中央から再び波紋が発生し、それに合わせて壁画が別の物に塗り替えられた。以降一定時間ごとに波紋が発生し、その都度新たな壁画が兄妹の前に現れる。


 壁画の内容は、主として俯瞰した構図で描かれた都市や村の姿。合間に、そこで暮らす人々の生活風景を切り取ったものが映し出される。今にも話し声を響かせそうな人々は、皆明るい笑顔を見せていた。


 計60枚に及ぶ数の壁画を映し出して、岩壁は元の状態に戻った。完全に釘付けになっていた兄妹は、暫し呼吸することさえ忘れていたように錯覚していた。


「……今のは、この人の作品、かな」


「おそらくはな。ここに降りてから、巨大ゴーレムを操って生涯この壁画を描き続けていたんだろう」


 遺跡の使用記録こそあるが、この巨大ゴーレムの術者に関する情報はほぼ皆無に等しい状態だった。兄妹の目の前にある壁画は、その為人ひととなりを推測する材料となった。


「ここが基本的には皇族のためのシェルターということを考えると、この術者もその1人だったのだろう。自分が現実に出来なかった理想の帝国の姿を、壁画という形で残したかったのかもしれないな」


 この遺跡の用途は皇族の非常用シェルターである。政争に負けて追いやられたか、反乱が起きたか、あるいは他国の侵略から逃れる必要があったか、いずれにせよ、この術者の夢は途中で断たれてしまったのだろう。


 そして彼は、この遺跡に大規模改装を施し、現在の石人形循環洞を造り上げて生活基盤を固め、ひたすら壁画を描くことに、力を注ぎ続けた。


 機能性に富んだ街並みに、人々の絶えない笑顔。


 “帝国よ斯くあれ”と、祈りを込めて。


「……善い人、だったのかな」


「少なくとも、民には慕われていたんじゃないか?」


「……そうね」


 自然と、2人はそのまま黙祷に入った。この術者とは直接的に関わった訳ではないが、その理想には2人共敬意を抱いていた。そして何より、彼が現在の形に整えたこの遺跡は、兄妹の大きな力となったのだから。


「このあとは、どうするの?」


 黙祷を終えたイロハが兄に尋ねる。「そうだな……」と、クロは一度大空洞を見回した。


 今いるテーブル状の台地にはもうめぼしい物は見られない。奥の壁際には上階へ向かう階段があるが、図書室で見た資料によればこの直上にあるのは石人形ゴーレムの整備場だった。体内の魔晶のせいで狩人ゴーレムの標的となってしまう兄妹としては、あまり近付きたい場所ではない。


「……戻るか。早いとこ純魔銀ピュアミスリルの加工にも取り掛かりたいしな」


 程なくして、クロは撤収を選択する。見つけたレアメタルの加工もそうだが、地下の大河を使った脱出手段の構想も練りたいと考えていた。


「わかったわ。私も楽しみだもの」


「大いに期待してくれていていいぞ?」


 そして、兄妹は石柱の内にある階段に戻ろうとした。


 その時――


「――!!!!」


「――ッ!!!?」


 突然、2人の脳内を激しく鳴り響く鈴の音が埋め尽くした。


 最上階に残した石人形ゴーレムからの警告。それが意味する所は1つしかない。


 すなわち、


「猶予はあまりないと思っていたが……遂に来たか」


 鈴の音は少し経ってからブツリと途切れ、直後に遺跡へ縦に揺さぶるかのようなズンッという振動が走った。警報用石人形ゴーレムを維持するための魔力も同時に断たれている。どうやら破壊されてしまったらしい。


「接敵までだいたい30秒というところか。イロハ、手短に作戦を伝える。耳を貸せ」


「いよいよね、にぃ様……!!」


 武者震いを隠そうとしない妹へ、クロはそっと耳打ちした。イロハは一瞬驚愕したが、すぐに不敵な笑みを浮かべ始める。


 振動は徐々に勢いを増して、2人の元へ急速に迫っていた。


「緊張するか?」


「ぜんぜん?……って言えたら良かったんだけどね」


「大丈夫。俺たちなら――」





 クロが言い終わらない内に、大空洞の天井が爆砕され、大量の岩盤が台地へと降り注いだ――

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