魔人兄妹と、レアメタル

「これ……自然に出来たもの、なの?」


「ああ……」


 鉱物が放つ光をその瞳に映しながら、イロハが壁面のあちこちを見回す。目のやり場に困っているようだった。クロはそんな妹を尻目に台地の端まで歩くと、屈み込んで大河を覗き込む。


「何千年、何万年という気が遠くなる程の時間をかけて、水が岩盤を削り取った結果が、この地形だ」


「あの光っているものは、何かしら」


蒼輝晶マギオライトだな。内部に溜まった魔力によって、ああして発光するんだ」


 黒魔銀ミスリル同様、蒼輝晶マギオライトも星脈の付近で多く産出される鉱物で、その見た目の美しさと“ある程度の魔力を溜め込める”という特性から、主に魔術師向けの装飾品の材料として利用されていた。


「残念ながら、手の届く範囲にはないみたいだな。まあ、珍しいものではないし、また目にする機会もあるだろうさ」


 ところで、と、再び立ち上がったクロは大河の流れる先を指した。


「気流を感じる、というのは、あの先からだな?」


「うん。本当に微かだけど、間違いないわ」


 地下水が吸い込まれて行く闇の向こう、そこから、イロハは確かな空気の流れを感じ取っていた。


「となると、あの先は外界へ繋がっていると考えていいだろうな。十中八九、施設の連中も把握してはいまい。この川を安全に渡る手段があれば、有力な脱出路として機能するだろう」


「船……とか?」


「あるいはそれに準ずる物、だな。この場に使えそうな物があれば最良だが……」


 そう言って、クロは磨き上げられたかのような光沢のある台地の上を見回した。


「ん……?」


 そして1秒と経たない内に、クロは自分たちが降りて来た石柱の付近に何か大きな物が転がっているのを発見した。兄妹は顔を見合わせ、その物体に近付いて行く。


 純白に光り輝く、巨大な金属の塊。そしてその周囲に、大小さまざまな同質の金属が散乱しているように見えるが、よく見るとそれは規則的な並びをしていた。


 端的に言えば、“人”の形に。


「……石人形ゴーレム?」


 イロハが目を見開いて金属塊を見つめる。2人の目の前に横たわっているのは、狩人ゴーレムを軽くしのぐレベルの、巨大な石人形ゴーレムの残骸だった。


「これは……まさか!」


「にぃ様?」


 イロハが振り返ると、兄が声を震わせながら、足元に転がる金属の欠片を持ち上げる所だった。息を整え、クロは拳大の白く輝く金属塊に魔力を通し始める。


 その瞬間、金属塊は硬度を失い、クロの手のひらの上でぐにゃりと形を崩した。クロは「やっぱりか……」と溢しながら、震える手で粘土のようになった金属を捏ね回していく。


「何てことだ……これがあると分かっていればもっと早く来たものを……」


 やがて完全な球体となった金属塊をポケットに納めながら、クロは脱力したように息を吐く。


「にぃ様、この金属はいったい……?」


「これか、これは相当な貴重品だぞ?何しろ星脈の影響が特に強い場所でしか採れない金属だからな……」


 クロは1拍おいて、


「こいつは純魔銀ピュアミスリル。言ってしまえば、黒魔銀ミスリルの上位互換品だ」


 地下に存在する巨大な魔力の流れ、【星脈】。星を覆うように幾本も流れるそれが合流する地点では、星脈複数本分という膨大な魔力が凝集し、強力な魔物の発生など周囲に強い影響を及ぼす。純魔銀ピュアミスリルとは、主にそんな星脈の合流地点で発見される金属だった。強度や侵食耐性、魔力伝導率などの全てにおいて、黒魔銀ミスリルを上回るパフォーマンスを発揮する。その希少さもあって、用途は重要施設の建材や一線級の武具の材料などに限られていた。


 しかし兄妹にとって何より重要なのは、“加工するのに必ずしも道具を必要としない”というこの1点に尽きる。純魔銀ピュアミスリルはたった今クロがやったように、魔力を通すだけで自在に形状を変えることが出来る。炉も槌も金床も必要ない。極めて高い魔力伝導率の賜物だった。


 とはいえ、その魔力を利用した加工法の難度は“空間系統の魔法を実用レベルで行使する”のとほぼ同等であり、並大抵の魔術師には不可能なレベルだった。素直に腕の良い鍛冶屋の世話になる方が手っ取り早くて確実であるため、運良くこの金属を入手出来ても、わざわざ魔力加工を試みる者は少なかった。


 その魔力加工を実行出来るクロにとっては、この巨大ゴーレムの残骸は宝の山に等しい。


「こいつがあれば、クラフトの幅が大きく広がるというものだ。出来るだけ確保しておきたい」


「手伝うわ、にぃ様!」


 兄妹は嬉々として、元は手足だったらしい比較的小型の欠片を中心に拾い集めて行く。クロのポケットは見た目より多くのものを収納出来るとはいえ、その容量は6畳間程度。残念ながらこの巨大ゴーレムを丸ごと回収という訳にはいかない。最終的には、総体積にしておよそ2立方メートル分の純魔銀ピュアミスリルを回収することが出来た。


「よし、十分だ。ありがとう」


「大収穫ね、にぃ様?」


 ホクホク顔で、クロはイロハの頭を撫でる。およそ何にでも加工することが出来る素材であるが故、無計画に使い続ければあっという間に無くなってしまう。使い道はよく吟味しなければならなかった。


「しかし、この石人形ゴーレムはいったい何のための……?」


 残された胴体部分を見やり、クロが呟く。既に光を失って久しい三角形の頭部が、クロの顔を見つめ返した。胴体部は完全な仰向けで倒れているわけではなく、若干左側に傾斜している。


「他の石人形ゴーレムたちは動いてるのに、この石人形ゴーレムは壊れてるね」


「そうだな。破損したのなら例の車輪たちが群がってパーツを持ち去っていそうなものだが……他の石人形ゴーレムたちとは互換性がなかったか、あるいは組み直す意義もなかったのか……」


 兄妹はグルグルと胴体部分の周囲を回りながら、石人形ゴーレムをつぶさに観察する。曲面の多い装甲に傷の類はほとんどなく、艶やかに光を跳ね返していた。


「崩れ方が、魔力供給を停止した時のそれに近いな……自立型ではないのかもしれん」


「普通の、術者が直接操るタイプだったってこと?」


「ああ。純魔銀ピュアミスリルの魔力伝導率ならこのサイズを精密操作することさえ苦にはならないだろう。だが、やはり何のために、という疑問は付きまとうが」


 見た所巨体ではあるが戦闘に向いた装備の類いは無いことと、腕は全てのパーツを復元すると多関節になることが予想されることから、この巨大ゴーレムはどちらかと言えば整備ゴーレムのスケールアップ版と言うべき機体なのかもしれない、とクロは考えた。わざわざ希少性の高い純魔銀ピュアミスリルが用いられているのも、戦闘能力より高い精密操作性を求めた結果だろう。


 それならばどこかに、“これだけのスケールと精密な動作の両方を求められる何か”があるということになる。


「となると、怪しいのはアレか?」


「?」


 イロハが、クロの視線を追うと、2人が降りて来た石柱の手前に、横幅20メートル、高さは10メートル程ありそうな、のっぺりとした1枚の岩盤があった。


 そしてそこにもたれ掛かるように、風化しかけた人間の屍が、古代の静寂しじまと共に鎮座していた。

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