魔人妹は自慢する
イロハは、果てしなく続く草の大海の中で目を覚ました。
「あ、あれ、また……?」
上体を起こして、イロハは周囲を見渡す。そこは草原の中を流れる小川の川縁。前回この場所――自らが宿す魔晶の中の世界に来た時、イロハが最後にいた地点だった。
相変わらず、草原に視界を遮るものは存在せず、風は何に阻まれることもなく彼方まで吹き渡っている。
ここは現在の自分の状態がトレースされるのか、イロハの服装は
「存外、早く再会したものだな……」
「ひゃっ」
不意に聞こえた低い声に、イロハはビクッと身を震わせる。見れば、すぐ側に鎧武者のような姿の
「あの、今、どこから……?」
「む?」
ジルヴァンが今いる位置には、声を掛けられる寸前まで誰もいなかったことをイロハは確認していたはずだった。
しかしジルヴァンは、静かにこう返した。
「我は、特にここから動いておらぬが……」
「でも、直前まであなたの姿は見えなかったのだけど……」
すると混乱したようなイロハの様子に合点がいったのか、ジルヴァンは「ああ……」と漏らした。
「そういえば、そなたの前でこの状態になるのは初めてであったか。ならば致し方あるまい」
「この……状態?」
「左様。今、見せてやろう」
直後に、イロハの目の前でジルヴァンの身体が鎧ごとほどけ、空気に浚われていく。
呆気にとられるイロハの耳に、ジルヴァンからの声が届いた。
「案ずるな。そなたには消えたように見えたことだろうが、我はここにいる」
イロハが恐る恐る手を伸ばすと、確かに直前までジルヴァンがいた位置に、堅い鎧の感触があった。よく聞けば声の音源も動いてはいない。ジルヴァンは見えなくなっただけで、確かに存在していた。
「己が身を自然の一要素と定義し、大気と合一する……多少力のある
「そうなのね」
程なくして、ジルヴァンは再び姿を現した。
「それはそうと、装いを変えたのだな?」
「ええ、にぃ様が作ってくれたの」
よくぞ聞いてくれたとばかりに、イロハは立ち上がると、服を見せつけるように胸を張った。すると、胸元の花の刺繍に、ジルヴァンが反応する。
「その花は……カゲフミユキノシタか」
「これ?」
「うむ。島国に多く自生する植物でな、羽付きの強固な殻に覆われた種を風に乗せて飛ばすさまから、主に旅人の安全を祈るための御守りとして加工される。花言葉は、“あなたを見守る”そして“自由”だったか……」
「にぃ様らしいわね……」
イロハはクスりと笑い声を漏らすと、花の刺繍へ愛おしげに手を添えた。このように細かい部分にまでこだわりを見せる辺りからも、兄からの愛情を感じられた。
「しかし見れば見る程ため息の出るような魔力の流れよな……最早一種の芸術の域にあると言っても過言ではあるまい」
青緑に輝く双眸を瞬かせながら、ジルヴァンはイロハのワンピースをまじまじと見やった。その目には、クロがワンピースに張り巡らした魔力のラインがはっきりと映し出されている。複数の機能を持たせつつも、それらが一切競合や混線をせず、逆に互いを補い合うように配されている。鍵盤や五線譜の刺繍がイメージを引っ張っているせいもあるだろうが、ジルヴァンはまるで一流楽団のオーケストラを鑑賞しているかのような心地になっていた。
「ええ、にぃ様はすごいのよ!」
そしてイロハは得意げに、兄がこの服をどのようにして作り上げたのかをこと細かに語り始めた。興奮を抑え切れないのか、口の回転がかなりの速度になっている。
ジルヴァンは、イロハが満足するまで話に耳を傾けていたが、やがて、
「ああ…………うむ。どうやら、そなたの認識を1つ、正さねばならないようだ」
と、静かに告げた。その言葉には、若干の困惑と、確かな驚愕とが混ざり合っている。イロハが疑問符を浮かべながら首を傾げると、ジルヴァンは先を続けた。
「今の話を聞く限り……そなたの兄君は、とても“すごい”などという次元には収まるまいよ」
「そうなの?」
「うむ。少なくとも
聞いたイロハの目が七色に輝き始めたように、ジルヴァンには見えた。彼女が兄への賛美に没入してしまう前に、鎧の風精は言葉を続ける。
「それほどの魔力制御能力……埋め込まれた魔晶の作用も大きいかもしれぬな。元々の本人の資質と相乗効果を起こしているのだろう。余程、相性が良かったのであろうな」
「
「な――――」
イロハがこぼした名前に、ジルヴァンは分かりやすく絶句した。
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