魔人兄妹のドレスアップ
「サイズよし、着心地よし、動き易さ、問題無し――」
クロがそう口に出しながら、身体を動かしている。その身は、今しがた完成したばかりの衣服に包まれていた。
手術衣の白い生地をベースとした上着と、元は
そしてその上から羽織る、腰くらいまでの丈の黒いコート。背中の部分には不可思議な図形が白い刺繍で描かれているが、それ以外にはやはり装飾はされていない。
しかし何よりも特徴的なのは、全体的なポケットの多さだった。ズボンだけで両腰と太ももの側面、脛の前面の6ヵ所。コートに至っては腰回りを取り囲むように左右に3ヵ所ずつと両胸に両の二の腕、両袖の内側。そして裏地にも懐部分に2ヵ所ついていた。
しまいに上着の左胸の1ヶ所を加えて、合計21ヵ所。全て例の拡張空間につながっていた。およそあらゆる体勢から道具を取り出せるようにというクロのこだわりの結果だった。それら全ては巧妙に生地へ溶け込んでおり、よく目を凝らして見なければポケットがあることに気付けない程だった。
「加えて練り込んだ魔法も十全に機能しているようだ。まあ実際の効果は確かめる必要があるだろうが……」
「にぃ様、にぃ様」
その時、クロのコートの裾が、控えめな力で引かれた。
クロが振り返ると、そこには同様に装いを新たにした妹の姿があった。
イロハが身に纏うのは、脛辺りまでのスカート丈の、白い半袖のワンピースだった。スカートの裾をぐるりと囲うように配された、ピアノの鍵盤を模した黒い刺繍と、身体に巻き付くような螺旋状の五線譜が目を引く。
胸元には、泡が立ち上るような不思議な形状の花を模した、精緻な装飾が施されている。
腰回りを絞るように長い黒リボンが巻き付けられていることもあり、イロハの華奢な肢体が際立つようだった。
「……どう、かしら?」
スカートの裾を左手で摘まんで少し広げながら、イロハは恐る恐るといった様子で尋ねた。しかし、クロからの反応がない。イロハの方を振り向いた体勢のまま、動きを止めてしまっている。
「にぃ様……?」
「……あ?あ、ああ……すまない。見惚れてしまっていた」
クロはイロハに近づくと、彼女の白い髪を梳くように撫でた。
「短い方のリボンはあるか?」
「これ?どこに付ければいいのか、よくわからなくて……」
「ああ、これはな……」
クロはリボンを受け取ると、イロハの左のこめかみの辺りに、丁寧に結び付けた。
「よし、これで完璧だ。……凄く、かわいいぞ」
イロハの背後に回り、クロは彼女の肩に両手を置きつつ1つ魔法を使った。2人の前方の空間が揺らめき、やがて大きな鏡のようになって兄妹の姿を映し出した。
「――――」
イロハは、呼吸も忘れて目の前の鏡像を見つめていた。映っている着飾った少女が自分であると、なかなか実感が湧いて来なかった。
「これ、本当に私……?」
「ああ。正真正銘、生まれ変わったお前の姿だよ。何処に出しても恥ずかしくない……いや、それどころか全ての注目を奪い去る絶世の美少女の誕生だ」
クロが、イロハの耳元に唇を寄せて囁く。口調こそ穏やかだが、内心の興奮が隠し切れていない様子だった。真紅の瞳が、いつに無く爛々と輝いている。
「な、何だか、ちょっと落ち着かないわ……」
もじもじと身体を揺すりながら、髪の毛を弄るイロハ。今まで“お洒落”などという概念とは無縁だったため、少々むず痒い気分になっていた。
「ははは、何、すぐ慣れるさ」
そう言って、クロはイロハの背から離れると姿見の魔法を消した。
「さて、もう少しお前の姿を鑑賞したいところだが、そろそろこの新しい服――【
「煮詰めていたあの液体を通して、色々魔法を練り込んであるのよね?」
魔力伝導率に優れるアナグラニセテヅルモヅルの粘液をベースに、トカゲの魔晶、ヤモウトウゾクフクロウの毒液、そしてシビレコケモドキの帯電液を混ぜ込んだ液体。これらにクロが魔力を用いて効果付与を施したものが、
「ああ。取り敢えず、手術衣に付与されていた自動洗浄はそのままだ。
将軍級の目を欺ける程の性能が理想だが、普通の魔物に効くだけでもかなり旅の助けとなるだろう、とクロは踏んでいた。
「そして、新たに防御機構を2つ盛り込んである。詳しくは明日の試運転で実際に見て貰う予定だが……少なくとも、生半可な奴らには俺たちの行動の邪魔をすることはもう出来ないだろう」
「こんなところか……流石に、疲れたな」
「凄い集中力だったからね、にぃ様。お風呂はどうする?」
クロは少し考えて、
「いや、今日は洗浄魔法だけにしておこう。多分……今入るとそこで寝る」
クロは胸ポケットから施設のシーツを取り出すと、その場に敷いた。彼は続けて自身に洗浄の魔法を使い汗などを取り除くと、脱いだコートを枕代わりにして寝転がる。
「わかったわにぃ様。じゃあ、私も寝るね」
「……おいで」
クロの手招きに従い、イロハも傍らに身を横たえた。
「また、宝物が増えちゃった。ふふふふ」
クロに抱き寄せられながら、イロハは笑い声を漏らす。クロはその様子に優しい眼差しを向けながら、
「気に入ってくれたなら、何よりだ。名前の時もそうだったが……何かを贈るというのは、どうにも緊張する」
「にぃ様のそういう所、好きよ。私」
そう言って、イロハは兄の頬にそっと口付けた。童話のワンシーンにもあった、親愛の証。不意を打たれたクロは、一瞬驚いたように目を見開いた。
「ありがとう、にぃ様」
「……どういたしまして」
「ん……」
クロから額へのキスをお返しに貰い、イロハは幸せそうな表情で、広い胸元へ顔を沈めた。
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