魔人兄は石人形を創る

 イロハがワームの首を一撃の元に切り落とし、狩りは終わった。クロはワームの死骸に解毒魔法を使ってキハダマヒリンゴの毒を取り除いた後【食肉解体ディバイド・ミート】で速やかに解体し、保存魔法を掛けつつポケットに納めていく。


 出来上がったサイコロ肉の数は、100や200どころではなかった。


「やったわね、にぃ様」


「ああ。あと2、3体狩ればしばらく肉には困らないだろう。こういう副産物もあることだしな」


 クロは【食肉解体ディバイド・ミート】によってワームの頭から切り離された牙の根元を持って軽く振った。


「加工次第では良い武器になるだろう。いつまでも調理道具を武器にする訳にもいかないからな」


 施設での近接戦闘訓練では2本の木製ダガーを好んで使っていたクロだったが、戦闘向きでないとはいえ一応は金属製の刃物である調理用ナイフがある以上流石に外では使い物にならないと判断し、持ち出してはいなかった。


「じゃあ、戻る?」


「ああ……と、言いたい所だが、実はついでにもう1つやっておきたいことがある……【解放の門リバティ・ゲート】」


 2人のすぐ近くの天井が円形にくり貫かれ、ゆっくりと降りて来た。


「上に行くの?」


「一番上までな」


 クロが天井に手のひらをかざすと、上階の床が次々と跳ね上がるようにして開いていき、最上階まで一直線に通じる道が出来た。兄妹を乗せた床は、そこを昇降機のように通過していく。


「あまり時間的余裕がないとわかった以上、警報くらいは早めに仕掛けておくべきだと思ってな。おそらく気休めにしかならないが」


 魔人1号の性格的に、迷宮を馬鹿正直に踏破してくるとは考えにくかった。ほぼ間違いなく床をブチ抜きながら兄妹の元に迫ってくるだろうということは、2人には容易に想像出来た。仮に警報を設置していたとしても、逃げるための余裕はほとんどないはずだった。


「それでも、精神を戦いに臨むためのものに切り替える時間くらいにはなる」


「突然襲われるより、何倍も良いわね」


 そんなやりとりをしている内に遺跡の最上階、中央ホールの一角に兄妹は辿り着いた。2人が降りると、床の欠片は映像を逆再生するかのように下層へと戻っていった。


「必要なのは……これだな」


 クロは周囲を見回すと、ある壁際まで歩いて行ってそこにしゃがみ込んだ。そして、そこに薄く堆積していた土をすくい取る。続くクロの呟きに合わせて、手のひらの中の土は淡い光を放った。


「こいつに条件付きの警報魔法を仕掛けた。だが、このまま設置しても、整備ゴーレムたちに片付けられてしまうだけだろう」


「何処に置いても……ダメそうよね」


 イロハが、近くで作業中の整備ゴーレムの方を見て言った。整備ゴーレムの長い腕は天井付近にさえ易々と届き、更にはパーツの換装によってありとあらゆる箇所の清掃や補修を可能にする。死角らしい死角は見当たらない。


「だからここで更に一工夫、だ」


 土を球形に丸め、クロはそれを両側から勢い良く手で挟みこんだ。


「『土塊つちくれに魂あれ。求むるは座する者。災厄を知らす魔の守護者』――【石人創成ゴーレム・バース】」


 クロが再び手を開くと、挟まれていた土の塊が床に落着し、徐々に形を変え始める。およそ10秒程で、警報魔法が仕込まれた土は身長20センチ程の、細かな部分に至るまで完全に人間の少女そのものの姿をした石人形ゴーレムへと変貌した。


「……………………あの、にぃ様?」


 その姿を目にしたイロハは暫く言葉を失っていたが、やがて恐る恐る、小型石人形ゴーレムの動作確認をしている兄へ声を掛けた。


「ああ、こいつは戦闘に使う訳じゃないからな。精密動作をさせるならやはり人の形にしてしまうのが最適解で――」


「そうじゃなくてね?にぃ様、その……」


 疑問を先取りしたようなクロの言葉を遮り、イロハは困惑を隠すこと無く、少女の姿をした石人形ゴーレムを指した。


 訂正、姿石人形ゴーレムを指した。


「どうして私なの……?」


「かわいいだろう?」


 クロは即答すると、イロハ型ゴーレムを走らせたり剣術の型をとらせたり3回転半ジャンプトリプルアクセルさせたりした。ワンピース風味の衣装の裾がヒラヒラと揺れ動き、思わず土で出来ていることを忘れてしまいそうだった。


「人の形にするとなるとモデルがいた方がイメージがしやすくてな……それならお前が適任だと思った。少なくとも俺はお前以上に美しい人間を知らないしいるとも思っていないからな」


「あ、ありがとう……」


 聞いたイロハは嬉しいやら恥ずかしいやらで頭を混乱させながら、頬を赤らめつつしきりに髪の毛を弄っていた。


「それでは……」


 クロはイロハ型ゴーレムを手のひらに乗せ、高く掲げた。イロハ型ゴーレムは軽く助走をつけてジャンプし、天井から吊り下げられた照明に跳び移る。


「これでよし。もしここへ俺たち以外の人が入って来たら、こいつが警報を鳴らしてくれるという寸法だ」


 こんなふうに、とクロが口にすると同時に、2人の頭の中にけたたましい鈴の音が響き渡った。


「これなら絶対聞き逃さないわね……!」


 思わず耳を塞ぎながら、イロハはそう言った。


「でもにぃ様。維持のための魔力は大丈夫?」


「問題ない。こいつは基本ここに座らせておくだけだし、そもそも小型だしな。誤差レベルの消費しかしない」


 石人形ゴーレムは身体を維持するためにも魔力を使うが、消費する魔力量は基本的に石人形ゴーレムのサイズに比例するため、ここまで小型の物であればあまり気にする必要はないのだった。


「整備ゴーレムも、同類を片付けようとは思わないだろうしな。もし壊されたらまあ、その時はその時だ」


「流石に彼らの行動まではどうすることも出来ないしね……」


 兄妹は照明に腰掛けた石人形ゴーレムに手を振り、階下へと戻っていった。

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