魔人兄妹のワームハント
「食糧の話題になって思い出したが、そろそろ食事時か……?」
「……あ、そうかも」
イロハがお腹に手を当てて頷く。肉団子を食べてから、かなりの時間が経過していた。魔人は飢えには強いが、それでもしっかり腹は減る。
「では腹ごしらえと行くか。ついでにお前が見てきてくれた食堂らしき部屋の確認もしておきたいしな」
クロは席を立つと、読みかけの本を含めて作業台上の本全てを手術衣のポケットに収めて部屋を出る。
「持ち出しても大丈夫?」
「売り物でも公共の物でもないし、元の持ち主も生きてはいないだろうからな。一応司書ゴーレムたちに確認は取ったが、特に持ち出しに関する制限はないそうだ」
クロが通路の真ん中の扉を開くと、そこはかなり奥行きのある広間だった。先程までいた図書室より、一回り空間が広い。
部屋の最奥に炊事場らしき場所があり、その手前に石造りのテーブルと2脚の椅子が置かれていた。
「食堂なのは間違いなさそうだが……手前側がデッドスペースのような気がするな?」
「にぃ様もそう思う?」
「ああ」
食事スペースは本当に奥の一角のみで、そこより手前には何も置かれていない。単なる食堂にしては空間の無駄が大きかった。
「んー……食堂兼多目的室、といった所か。何か作業をするには良さそうだな」
クロはそう言いながら奥のテーブルへと歩みを進め、ポケットから皿と、今ある食糧を全て取り出した。20個はあったフクロウの肉団子は半分を切り、リュウノタマゴタケと施設からくすねてきた菓子類も心許ない量となっている。
「さて、図書室での情報収集の結果、どうやらこの遺跡は魔人なら問題なく進入することが可能であるとわかった。追手の筆頭が魔人1号である以上、いつ発見されてもおかしくない。猶予期間はかなり短いと考えるべきだ」
クロは指折り数えながら、
「従って我々が行うべきことは対魔人1号を想定した魔法の習得や戦術の確立、装備の準備。そして遺跡脱出後に備え、図書室から持ち出す資料の選定に食糧の確保も必要だ。特に食糧については見て分かる通りだしな」
「あと2、3日保つかどうか……って感じね」
「そういう訳で、まずは食材の調達を最優先としたい」
クロはポケットから1冊の本を取り出した。表紙には『石人形循環洞内生物図録』と書かれている。
「どうやら迷宮――正式には『石人形循環洞』と言うらしいが、そこに巣食っている生物はほとんど食用になるらしい。ただその中でも、特に狙い目のヤツが……」
開かれた状態でテーブルに置かれた図録には、かなり迫力のあるスケッチが描かれていた。
「こいつだ」
◼️◼️◼️◼️◼️◼️
しばらくして、兄妹は再び迷宮の第3階層へやって来ていた。イロハの【風読み】とクロの【温度識別】を始めとした各種魔法の併用によりトカゲやムササビ、狩人ゴーレムを避けながら、たどり着いたのはとある交差点。そこは壁も床も白い糸で覆われ、天井には、大量の糸で編み上げられた巣の中で、不気味に脈動する巨体が、下を通る犠牲者を待ち構えていた。
以前トカゲたちを振り切る為に利用した生物――帝国では【オーガー・ケイブ・ワーム】、原産国と思われる島国では【オニイトハキ】と呼ばれるこの生物が、クロの言う“狙い目”の獲物だった。
「これ……本当に狙い目なの?にぃ様……?」
糸の合間から見え隠れするぬらぬらとした赤紫色を見つめながら、イロハは怪訝な顔をした。何しろ相手の全長は推定6メートル。太さもイロハの胴回りの倍はありそうだった。討伐するとなれば、とても一筋縄ではいかないように思えた。
「狙い目だとも。1体狩るだけで大量の肉が手に入るし、素材として使えそうな部位もある。そして何より――」
クロはポケットから調理用のナイフを取り出すと、風車よろしく手の中でクルクルと回し始めた。その刃はわずかに白い光を放っており、表面には何らかの液体が塗られていた。回転の遠心力を受けても、その液体が揺らぐ様子はない。
「普段は巣の中でじっと獲物を待っているという性質上、こちらは確実に先手を取れる」
回していたナイフを逆手に持ち、クロは振りかぶりながら魔法を唱えた。
「『刃よ、我が手より飛び立ちて魔を穿て』――【
一瞬の後、クロはダーツを投げるような軽さでナイフを投げ放った。手を離れた瞬間、ナイフは爆発に叩かれたかのような勢いで加速し、巣を固定していた糸の柱を1本切断しながらワームの身体に突き刺さった。
教本にも記載のある魔法【
絶叫と同時にワームが激しくのたうち、天井からその身体が離れて下向きになった糸のドーム部分に落ちる。ドームはワームが落下した際の衝撃には耐えたものの長くはもたず、ワームはナイフが切り裂いた支柱の部分から地上へ滑り落ちて来た。
イロハが木杖を手に身構える隣で、クロは満足したように頷いていた。その手には、握り拳大の黄色い果実がある。
「にぃ様?それって……」
それを見た瞬間、イロハは投げられたナイフの刃に何が塗られていたのかを悟った。
「その先手で自由を奪ってしまえば……まともに戦う必要はないな?」
クロは一度果実を軽く投げ上げ、再び掴み取る。激しくのたうち回っていたはずのワームは痙攣を繰り返すのみとなっていた。“麻痺”している。
死毒の樹海産、『キハダマヒリンゴ』の果汁の威力は絶大だった。
「さて、効果がある内に止めを刺そうか。その後で解毒だ」
「はい、にぃ様!」
意気揚々と、風の刃を手にしたイロハがワームに飛び掛かっていった。
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