魔人兄妹は読書する

 あれから何冊か本を読み、クロはようやく、この遺跡の正体を知ることが出来た。


 この遺跡はおよそ1000年前に建造された、皇族の非常用シェルターであったらしい。過去に4度の使用記録があり、最新の記録は今から約300年前のものであった。石人形ゴーレムを使った自立整備システムが構築されたのもその時のようだった。


 入り口の結界は遺跡が完成した際に張られたもので、『皇族の血を持つ者』『一定以上の魔力を持つ帝国の民』のみに反応するように条件付けが為されていた。


 兄妹が遺跡に入ることが出来たのは、十中八九魔力の条件をクリアしていた為だろう、とクロは推測した。施設の資料によれば、2人の親――正確には生殖細胞の提供者は軍の魔術師部隊に所属していた魔法使いである。両親とも子爵家の子女であり皇族では決してない。


 魔術師を含む施設の人員による周辺調査でも発見された記録がないということは、この遺跡に入るための魔力のボーダーラインは相当高いということが予想出来た。恐らくは、最低でも結界を張った術者当人に肉薄する水準の。


(しかし俺たちが入れたということは、他の魔人も入れる可能性が限りなく高いということ。魔人1号が追跡に加わっている以上、やはりここも安全とは言い難いか……)


 クロは読んでいた本を閉じて、読み終えた本の山に乗せた。最初の3冊程は司書ゴーレムの翻訳に頼っていたクロだったが、この『帝国語』と呼ぶらしい言語は現在の大陸共通語と文法的には似通った部分が多く、比較的あっさりと原文読みが出来るようになっていた。


「……よし、イロハ」


「なに?にぃ様」


 クロの向かいの席に腰掛けていたイロハが顔を上げた。イロハは大陸共通語以外に言語を習得しておらず、司書ゴーレムの翻訳を利用出来なかったため、クロが施設から持ち出していたレポートの束を読んでいた。


「おおよそ。共有するから、額を貸してくれ」


「わかったわ……はい」


 イロハが目を閉じながら、ゆっくりと作業台に身を乗り出す。クロは互いの前髪を掻き上げながら額を触れ合わせ、魔法を使った。


「『我が心象をなんじに贈らん』――【贈・共感幻像トレース・ビジョン】」


 額を通じ、クロの知識がイロハの内に流れ込んでいく。他者の見た光景を映し取る魔法の、逆バージョン。こちらは起点が術者自身の脳であるため、より詳細に情報を共有することが出来た。


「……これでよし。ためしに目を通してみろ」


 約5分後、額を放したクロは、読み終えた本の山から1冊、イロハに手渡した。イロハは立ったままパラパラとページをめくり、文字列を目で追っていく。


「あ、読める……」


 ポツリとそうこぼして、直後にイロハは顔を輝かせた。


「読めるわ、ありがとうにぃ様!」


「良かった……成功したか……」


 倒れ込むように座り直したクロは、深く息を吐いた。便利ではあるが、とにかく集中力と繊細な魔力操作が必要なため、あまりに膨大な量の情報共有には向かない魔法だった。今回は特例である。


「これ……樹海の生き物の図鑑かしら?」


 再び椅子へ腰を下ろしたイロハが言った。本には、シンリンドクウサギやシドクジュカイネコなど、見覚えのある生物の情報が、スケッチと共にまとめられている。


「そのようだ。ただ、その本に限った話ではないんだが、書いてある情報は、あくまでおよそ300年前のものであるということに注意する必要がある」


「つまり書いてある情報が古くて、今の情報と食い違いがあるかもしれないってことね?」


「正解だ」


「えへへ」


 イロハの隣に移動して頭を撫でながら、クロはイロハが持つ図鑑を差した。


「実際、この図鑑も鵜呑みにすることは出来なくなっている。まず、例のフクロウが載ってない」


「え」


 聞いたイロハは猛烈な勢いでページをめくり始め、そして、そこにヤモウトウゾクフク宿ロウの姿がないことを認めた。


「本当だわ……」


「だろう?まあ、ヤツに関しては、視覚を阻害する毒を扱う上にそもそも慎重な性格だから、存在の発覚が遅れたのも頷ける。そして――」


 クロはイロハの手から図鑑を取ると、とある生物のページを開いた。それは、施設の調査レポートには記載がなく、実際の樹海にもいなかった生物。


「えっと『シドクジュカイオオカマキリ』……人間の背丈に匹敵する程の巨大なカマキリ。(樹海の主に手傷を負わせるなどという愚行を犯した場合を除けば)死毒の樹海で最も危険な生物。シドクジュカイリュウの鱗さえ切り裂く鎌と、動く者には見境なく襲い掛かる凶暴性を合わせ持つ……でも、こんなの」


「ああ、いなかった。だが、これが書かれた当時は確かにあの樹海にいたんだろう。いわゆる『絶滅種』という奴だな」


 そして、絶滅するに至った経緯も、クロはなんとなく想像することが出来た。『動く者に見境なく襲い掛かる上、シドクジュカイリュウに傷を付けられる程の攻撃力がある』――つまりは、かの樹海最強の生物に“自分の命を脅かし得る、排除すべき脅威”として認識されてしまったのだろう。


「そうなのね……もし今でも生き残っていたら、かなり苦労することになっていたかも」


「違いない。ただどうやらそいつ、食用にもなったらしくてな……」


 クロが解説文の終わりの部分を指で示す。そこには、『討伐には苦労するものの、肉はこの樹海では貴重な安全に摂食出来る食糧となるため、見返りは大きい』と書かれていた。


 兄妹は1度顔を見合わせ、


「「残念だ(わ)……」」


 同時に、肩を落とした。

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