魔人兄は対話する
「……一先ず、聞きたいことが山程ある訳だが」
「なになに?スリーサイズとか?えーと上から――」
クロは無視して続けた。
「あんたは魔人1号の手に掛かって討伐されたはずではなかったか?『魔術師殺し』」
「少しは動揺しなさいよもう……」
抗議するように口を尖らせながらそう言ったシャルロテは、クロの周りをグルグルと纏わりつくように歩き始めた。一歩ごとに甘いような、しかしさっぱりとするような不思議な香りが漂う。毒物検知の魔法に反応はなかったものの、クロは警戒を解かなかった。
何しろ相手は悪名高い『魔術師殺し』である。それと分からぬよう検知魔法が巧妙に狂わされていたという可能性も否定出来ないのだ。
そんな様子を察したか、シャルロテは苦笑しながら言う。
「ちょっと流石に警戒し過ぎよ?いくら何でも宿主クンを害そうだなんて考えないから。ここに呼んだのだって、居候してるような状態だから挨拶しておこうかなって、思っただけだもの」
「居候?」
「そう。攻撃された瞬間に、なんとか魂だけ魔晶の中へ避難させたの。おかげで死んだのは肉体だけで済んだわ。あ、流石にこんなことが出来る魔物はそうそういないから気にしなくていいわよ」
「……あんたが使える時点で十分過ぎる程問題だと思うが」
聞いたクロは少しだけゴルディオール軍を哀れんだ。幾度となく煮え湯を飲まされ続けて来た怨敵を撃破し、国を挙げての祝勝パーティーまで開いたというのにこれでは、まるで彼らが道化か何かの様ではないか。
そんなクロをよそに、シャルロテは拾ったぬいぐるみをぐにぐにと弄びながら話を続ける。
「そういう訳で、わたしの魂が入ったまま、わたしの魔晶は人間たちに回収され、宿主クンと融合することになったのよね。怨みのままに破壊されるかも?とは思ってたから、ちょっと意外だったわ」
「自覚はあったのか」
「魔王様から自由に動いて良いって言われてたから、結構色々やったもの」
その『色々』の内容については施設の資料にもまとめられていたため、クロの頭にしっかりと入っていた。
“北方高原に布陣していた魔物の軍勢へ放った大規模魔法を全て消去。
→奇襲失敗が響き作戦による人的、物的損耗が想定の7割増。【魔術師殺し】が公的に確認された最初の事例”
“第5要塞へ単騎で侵入し、内部に詰めていた兵3000を殲滅。
→重要拠点を1つ喪失”
“行軍中の魔物への破壊工作を進めていた隠密部隊150名を皆殺しにして全員の首を帝国軍本陣へ送り付ける。
→万全の体勢での布陣を許し、かつ将軍級1体を仕留め損なう”
等々、彼女の所業は枚挙に暇がない。
そしてそれらが全て一切の予兆も法則もなくゲリラ的に行われるということが最も帝国軍の頭を悩ませた。
「私を拾った連中は、『今度はこいつの力を損害のお釣りが来るくらい徹底的に使い倒してやる!』なんて息巻いてたけど……あなたったら、産まれた初日に離反の算段立て始めてるんだもの!思わず笑い転げちゃったわ……あ、ダメ、今思い出しても面白いあっははははは!!」
シャルロテはだんだんとこらえ切れなくなったらしく、なんとか話し終えると同時に声を上げて笑い出す。
「……なるほど、あんたは全部見てた訳だな」
「ええそうよ」
クロの呟きに、シャルロテは笑い声を一瞬で消し去った。一切息を乱すことなく、ケロリとしている。
「人間の軍もバルファースたちも振り切って、ようやく落ち着いたのを確認したから、こうしてあなたの意識を招待したの」
「炎の巨人が口にしていた名前だな。戦斧の魔物のことであっているか?」
「正解。そっちが46位『不屈』のバルファース。炎の巨人が47位『焦天』のエルフリードね」
あっさりと、シャルロテは仲間のはずの魔物の名を明かした。
「簡単に明かして良かったのか?」
「どうせみんな戦う時にノリノリで名乗るもの。魔王軍所属の魔物にとって、魔王様から『百魔将』に任命されるっていうのはとっても名誉なことなんだから。『序列』も『二つ名』もその証みたいなものだし、ね」
「……それで、自分の実力や性質を推察されようとも?」
シャルロテが開示した情報だけでも、あの日研究施設を襲撃して来た2体の能力がどんなものかをある程度推測することが出来る。『百魔将』が額面通り“百体の将軍級”を指すのであれば、2体はおおよそ将軍級全体の平均レベルの戦闘力を有しているのだろうし、炎の巨人は天を焦がす程の圧倒的な火力を、戦斧の魔物は詳細こそ不明だがおそらくは継戦能力の高さをその『二つ名』が表しているのだろう、とクロは想像していた。
「その程度の情報アドバンテージで簡単に有利を取れる程『百魔将』は甘くないのよ」
シャルロテはベッドに腰を下ろして脚を組むと、不敵な笑みを浮かべた。返された言葉については、ほとんどクロの予想通りであった。情報こそ相手に渡すことにはなるが、それも当人の能力が高ければ問題にはならないし、また名乗ることによって味方を鼓舞したり相手を萎縮させると言った副次的効果も期待出来る。
「なんて、カッコいいことを言えたのももう過去の話だけどね……」
しかしシャルロテは、直後にテンションを急降下させてそう言いながら、上体をベッドに倒してしまう。
「百魔将、気が付けば既に半分近く殺されてるわけで……強いから大丈夫!って豪語したところで説得力ゼロなのよね……このままじゃ魔王様大好きなだけの自意識過剰集団になっちゃう~」
「……あんた実は楽しんでいないか?」
自嘲するような笑い声を出し始めたシャルロテだったが、そこに喜悦の色が混ざっていることをクロはしっかりと感じ取っていた。
「気付いちゃった?」
シャルロテは再び一瞬で笑いを消し、バネ仕掛けのように起き上がる。
「もともと私たちが一方的に蹂躙するだけの退屈な結果に終わるはずだったこの戦争だけど、今ではどこで何が起きても、誰が死んでもおかしくない混沌とした状況になっている。私を含め、盤上から多くの百魔将が脱落する程に、ね。魔王様の未来予想図は大きく狂って、最早あの方でさえも舵を取るのが難しくなってしまった」
魔物の軍勢を追い返したアルジェンティリアの天使にブロンザルトの勇者。そして百魔将さえ屠るゴルディオールの
しかしながら、それを理解した上でなお、
「なんて、
シャルロテは恍惚とした表情でそう言い切った。
「……逆境を楽しむ趣味でもあったのか?」
「違うわ。単純に今の状況が、私が楽しいと思えるものだったってだけ。あなたが自由を求めるように、私はひたすら悦楽を求めるの。それだけの話よ」
「……なるほど、確かに
「最高の褒め言葉をありがとう」
シャルロテはベッドから下りてクロの前まで戻って来ると、白い指で彼の胸を軽く突いた。瞳と同じ色合いに染められた爪が、部屋の光を反射した。
「だからあなたには期待しているわ?この先人間にも魔物にも追われ続けるでしょうけど、頑張って頂戴ね?」
「あいつらの狙いは、あんただったか」
あの夜、施設に急襲を仕掛けて来た2体の魔物。クロは鉢合わせた際の会話の内容から彼らが魔晶を探しているのは分かっていたが、ここに来てその具体的な対象を確信した。
「十中八九そうでしょうねぇ。魔王様は多分、私が完全に死んだとは思ってないでしょうし、回収しようと躍起になってるんじゃないかしら」
「そうか」
この瞬間、クロの中で魔王軍も明確に敵としてカテゴライズされた。
「言っておくが、俺はあんたに忖度するつもりはないからな。俺と妹に害を為すなら、あんたの知り合いだろうが容赦はしない」
「むしろ手を抜いたらシメるわよ。そんな退屈そうなビジョン、私は望まないから」
クロが低く唸るように告げると、シャルロテはくすりと笑ってそう返した。
その時、クロは急激に瞼が重くなって来るのを感じた。体から力が抜けていき、彼は柔らかいカーペットに倒れ込む。
「あ、そろそろお目覚めみたいね」
その言葉からシャルロテの仕業ではないらしいことはかろうじて分かったが、クロは既に言い返そうと唇を動かすことも出来なくなっていた。徐々に、思考も霞がかって行く。
シャルロテは最後に、クロの耳元へと
「また招待してあげるから、楽しみにしてなさい。ね?」
“破綻”を謳う悪魔の言葉は、酷く蠱惑的な響きを伴って、薄れゆくクロの意識に残り続けた。
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