魔人兄妹とワーム

 天井に潜んでいたその襲撃者が、糸に絡め取られたトカゲたちへ食らい付く。平均的な人間の胴回り程太いその身体の大半は、天井に糸で作られた袋状の巣の中に納まっている様だった。全長は8メートル近くはあるだろう。


「多分あれが、壁面でコガネムシを捕食していたワームの成体だな」


「いることはわかってたけど……実際目にすると鳥肌が立ってくるわ」


 迷路を【風読み】で精査した際に、2人は通路の天井のあちこちに取り付いている塊と、その中で蠢く長大な生物、そしてその下にある網状のトラップらしきものの存在を把握していた。先程の逃走時にイロハが回避していた障害というのも、多くはこのワームの巣のことであった。


「普段はああして天井に潜み、罠にかかったトカゲを襲っているんだろう。まあ、今回がその“普段”と同じかは怪しいがな」


 淡々と語るクロの前で、ワームは思わぬ大量収穫に狂喜乱舞するかのように巨体をうねらせながら、身動きが取れない状態のトカゲたちを貪り食う。


 だが捕食者は果たして気付いていただろうか。自分が餌として認識しているそのトカゲが、ただの生物ではないのだということを。


 “数”を最大の武器とする、“魔物”なのだということを。


 ワームが張り巡らしていた糸のトラップには、全てのトカゲがかかった訳ではない。犠牲になったのは先頭集団に属していた10匹程のみで、後続のトカゲが30匹程難を逃れていた。


 そして彼らは、同族が喰われているのを前にしても、臆するということを知らなかった。


「ッシャアアア!」


 1匹が壁を利用した三角跳びでワームの身体に噛みついたのを皮切りに、他の個体がその座標を参照した【瞬間救援ヘルパーリープ】で次々に垂れ下がるワームの身体に攻撃を仕掛けていく。


 ワームが激しく身を捩るのも構わず、トカゲたちはあれよあれよという間にその巨体を引きずり落としてしまった。こうなってしまえば多勢に無勢。捕食者と被捕食者の関係が、完全に逆転した瞬間だった。


「さあイロハ、ここを離れるぞ。奴らがワームに夢中になっている間にな」


 イロハは頷くと、手近な壁を指し示した。


「この奥に階段があるみたい。動く物はいないわ」


「了解。【解放の門リバティ・ゲート】」


 間髪を入れずにクロがその壁を正方形に切り抜き、2人は勝鬨を上げるトカゲたちを尻目に遺跡の更に奥へと進んでいった。




◼️◼️◼️◼️◼️◼️




 1つ下の階層も、全体が迷路と言って差し支えない構造になっていた。壁はやはりほぼ全域に渡って黄土色の苔に覆われており、したがって生物の種類もほとんど変わりがなかった。苔を食うコガネムシ、そのコガネムシを貪るトカゲ軍団、更にそのトカゲを待ち構える巨大ワームという単純な食物連鎖が続いている。


「察するにこの迷路は……あのトカゲの養殖場のようなものなのだろうな」


 再びイロハと額を合わせることで作り出した地図を持って迷路を歩きながら、クロが推論を口にした。


「養殖場……?」


「そう。簡単に言えば、食用とするための生物を増やすための場所だな。ここの場合増やしたいのは食肉ではなく燃料用の魔晶となるだろうが……ともあれそう考えれば色々と辻褄が合う訳だ」


 壁に生えた苔はトカゲの餌である虫を増やすための培地。


 階層が迷路のようになっているのは、侵入者を惑わす効果に加え、単純に壁の数を増やすことで培地の面積を増やすという意図があってのもの。


 そして狩人ゴーレムがあのような高性能だったのは、魔物と互角に渡り合うためではなく、圧倒的な戦闘力を以てトカゲを一方的に狩るためであったということ。単体相手なら当然のこと、例え群れを相手にしても問題なく蹂躙可能だろう。


 トカゲは1匹が敵に出会うと、その個体を援護すべく他の個体が続々と現れるという性質を持っているため、狩人ゴーレムはほとんど労せずして大量の魔晶を得ることが出来る。


「確かに……でもそれならあのワームはただの邪魔者よね」


 新たなワームの寝床を見つけ、イロハがモゾモゾと蠢く天井の巣を指差しながら言った。


 ワームは幼体の時は培地に潜んでコガネムシを襲い、成体になればトカゲを襲う。おまけに糸を張り巡らしてゴーレムの通行を妨害する、と、養殖場を作った者からすれば目の上のたんこぶ以外の何物でもないはずだった。


「考えられるのは、コガネムシの餌となる苔を用意した際、それに紛れて侵入した……とかか?ここが人工の遺跡である以上、元々いた、ということもないだろうしな」


「そういうこともあるのね」


「よくある話らしいぞ。この国でも輸入品の穀物に混ざっていた害虫の卵数粒のせいで国から穀物が無くなりかけたことがあったみたいだしな。天敵のいない新天地で本気を出した訳だ」


「ぞっとするわ」


「そうだな。まあ、そういうのもいることを考えれば、こいつはおとなしい方だろうさ」


 そんな会話をする2人の頭上で、ワームはただ、モゾモゾと動き続けていた。

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