魔人兄妹は考察する

 魔力を十分に回復し、兄妹は遺跡の探索に乗り出した。整備ゴーレムたちの待機場となっているらしいこの階層には4つ角の部分に下層へつながる階段があることが【風読み】によって判明していた。兄妹は軽く回廊を1周してみたが、めぼしいものは見つからなかった。


「さて、この下に魔物がいることは確定しているわけだが」


 機能を停止して壁にもたれ掛かっている狩人ゴーレムに近付いて観察しながら、クロが呟いた。その巨体の周りには何機もの車輪ゴーレムが集まっており、破片を拾い集めたり、複数機で協力して装甲を取り外したりしていた。一度この場で分解してから別の場所で組み立て直すか、あるいは予備パーツとして再利用するのだろう、と2人は考えた。


「魔晶の回収役にこれ程の性能を求めるような魔物……か」


 クロは足元に転がっていた装甲板の破片を拾い上げ、照明の光に翳した。ほとんど黒に近い濃い青灰色の金属で出来ているようだった。


 黒魔銀ミスリル。地下に存在する巨大な魔力の流れ『星脈せいみゃく』の付近で多く産出される金属で、高い硬度と腐食や風化への耐性を持ち、更に魔力伝導率が高く付与魔法や強化魔法を容易に施せることから、建材やマジックアイテムの材料として広く利用されている。


 黒魔銀そのものの強度でイロハの魔法に耐えることはまず不可能であるため、装甲へ防御魔法を展開する機能でもあったのだろう、とクロは推測した。右腕と本体で破壊の程度に差があったのもそれで説明が付く。


 全体的に2、3機いればあのシドクジュカイリュウとも良い勝負が出来る程のスペック、というのがクロの見立てだった。


「強敵がいる予感?」


「おそらくな。やはり隠密行動を徹底した方が良さそうだ」


 撃破に多大な労力を要する狩人ゴーレムに加え、それと同等の実力を備えた魔物までいるとなると、とても全てを相手になどしてはいられなかった。


「ただ、強敵と日夜交戦しているにしては装甲の傷が少ないのは気になるところだがな」


 光を反射する装甲の破片をイロハに渡し、クロはその表面を指でなぞった。付着していた細かな粉塵が取り除かれると、つるりとした青灰色がはっきり現れる。


「確かに、私が付けたもの以外の傷は少ないかも……?」


 イロハは改めて狩人ゴーレムの全身を眺め見た。陥没した胸部装甲を中心に蜘蛛の巣状のヒビが広がっているが、それら以外の傷はあまり見受けられない。日頃から強力な魔物との戦闘を繰り返しているのであれば、機体の各所にその痕跡が残っていてもおかしくないはずだった。


「遠隔攻撃主体で戦っているのか、あるいは単にメンテナンス直後だっただけなのか……答え合わせが楽しみになって来たな?」


「実は魔物が弱かっただけ……っていう可能性を希望するわ」


 その時、イロハは外套が軽く引っ張られる感覚を覚え、視線を落とした。いつの間にか足元に近付いていた車輪ゴーレムが、2本のアームを伸ばした状態で静止している。


「えっ……と……?」


 困惑した様子で兄の顔を見上げるイロハ。車輪ゴーレムは何も言わぬまま静止し続けているだけだが、無言の圧のようなものが感じられた。


「ああ、多分破片を寄越せってことだろうな」


 イロハが戸惑いながら装甲の破片を掴ませると、車輪ゴーレムは素早くそれを備え付けの箱に収納し、狩人ゴーレムの解体作業に戻って行った。


「渡しちゃって良かったの……?」


「現状の我々ではもて余すだけだろうからな。それにこれ以上波風を立てるようなことはしたくない。彼らにとっては、我々は厄介者だろうからな」


 将軍級由来の極めて上質な魔晶を持っているので何としてもハントしたいが、回収担当の狩人ゴーレムを返り討ちにするため手が出せない。ゴーレムたちにもし感情があったのならば歯痒くて仕方がないことだろう。


「……確かに、とてつもない厄介者」


「だろう?だからこの先はなるべく接触を避けた方がいい。お互いのためにな」


 そう言って、クロは回廊の角へと歩き始めた。イロハも沈黙する狩人ゴーレムを一瞥した後、小走りで後に続く。


 狩人ゴーレムとの戦闘は労力ばかりかかるだけで兄妹の得る物がないし、ゴーレムたちにとっても魔晶の回収役が減るため稼働できる整備ゴーレムが少なくなって仕事の効率が落ちる。誰も得をしない、不毛な争い。それはクロの望む所ではなかった。


「お前の【風読み】に引っ掛かるし、【幻灯イミテーション・惑い蝶・バタフライ】も効くからやり過ごすことに苦労はしないだろう。この先は、魔物への対処に力を割くべきだな」


 狩人ゴーレムが利用することを想定しているためか、下層への階段はかなり横幅が広かった。各段の高さも低めで、螺旋状の下り坂のようにも見える。


「階段の付近に動くものはないわ」


「了解。では行こうか」


「はい、にぃ様」


 足元に注意しながら、兄妹は更に奥へと踏み出して行った。

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