魔人兄妹 VS “狩人”

 その石人形ゴーレムは、高さこそ整備ゴーレムと同等だが横幅が通路を占有する程あり、その巨体を重厚な装甲で覆っている。2つの関節がある長い腕は丸太のごとき太さで、その先端には、湾曲した3本の鉤爪が存在していた。閉じた状態ではドリルのようにも見えるそれは、『何かを抉り抜く』ことに特化した形状に見えた。


 膂力と防御力を両立した、明らかな戦闘タイプの石人形ゴーレム。これが魔晶の採取を担当しているのはほぼ間違いなかった。


「魔物を狩り、魔晶を回収する……さしずめ“狩人ハンター”とでも呼ぶべきか……」


「ねぇ、にぃ様。凄く嫌な想像をしてしまったんだけど」


「奇遇だなイロハ。多分、俺もお前と同じことを考えている」


 そう言い合いながら、兄妹は静かに身構える。狩人ゴーレムは単眼モノアイを激しく明滅させながら、おもむろに右腕を兄妹の方へ伸ばして鉤爪を開いた。




「何せ、が2つも目の前にあるんだ。あれの役割が魔晶の回収であるならば、この状況で大人しくしているとは思えない」




 狩人ゴーレムからの解答は、右腕の射出という形で示された。圧縮ガスの白い尾を引きながら、鋭利な鉤爪を全開にした質量塊が高速で飛来する。


 兄妹が飛び退くと、右腕の先端はホール中央の床に突き立った。一瞬前までクロが立っていた床が爆発にも似た勢いで弾け飛び、大理石の破片が散乱する。


「にぃ様、大丈夫!?」


「問題ない!!」


 撃ち出されたのは右腕の第一関節から先の部分であり、先程は白い噴射煙で隠れていたが本体とは太いワイヤーで接続されていたようだった。兄妹を捕らえ損ね、右腕は本体へと巻き取られて行った。


「やむを得ない。イロハ、あいつを無力化する。お前の火力が必要だ」


「任せて、にぃ様」


 呼応したイロハは右掌を床に向けた。


「一撃で決めるわ」


「頼んだ。俺は足止めに徹しよう」


 そう言うクロの視線の先で、右腕を巻き取り終えた狩人ゴーレムが歩き出した。動きこそ鈍重だが歩幅が広いため、かなりの速度で距離が縮まっていく。


 その歩みを止めるべく、クロが魔法を行使した。


「【電獄球ライトニングスフィア】」


 瞬間、球状の電撃が狩人ゴーレムの足にまとわりついてその動きを阻害した。一般的な教本にも記載がある雷系統の上級魔法【電獄球ライトニングスフィア】。本来は放電空間に拘束した対象を放電空間そのものの爆破によって一網打尽にする魔法だが、クロが使うこれは、出力不足のために十分な火力の出ない爆破の工程がオミットされており、その分拘束能力と発動速度に特化していた。


「『我は、籠の鳥に非ず』――」


 イロハが着実に魔法を組み立てていくのを確認しつつ、クロは再び右腕を飛ばそうとしている狩人ゴーレムへと次なる妨害を仕掛けた。


「『蝶よ集え。魔をしるべとする者へ彷徨の贈り物を』――【幻灯イミテーション・惑い蝶・バタフライ】」


 何処からともなく、幻想的な青白い光を放つ蝶の群れが現れ、狩人ゴーレムを取り囲んだ。今にも圧縮ガスの噴射で右腕を射出しようとしていた狩人ゴーレムの単眼モノアイが混乱したように忙しなく動き回る。


 やがて狩人ゴーレムは射出の構えを解き、周囲を漂う蝶に向けて腕を振り回し始めた。攻撃を受けた蝶は瞬時に霧散するが、しばらくすると再び依り集まって新たな蝶を形作るため、中々数が減らない。


(ビンゴ)


 その反応に内心でほくそ笑みながら、クロはニの矢として用意していた妨害魔法をキャンセルした。


「魔晶の回収が役割なら……当然魔力を探知する機能くらい備わっているはずだからな」


 クロのオリジナル魔法【幻灯イミテーション・惑い蝶・バタフライ】は、蝶の姿をした魔力の塊をばら蒔き、魔力反応を頼りにした探知を狂わせる魔法である。現在の狩人ゴーレムには、突然自身の周囲に魔晶獲物の反応が多数現れたように見えているはずだった。


「『支配者たちよ、心せよ』――」


 イロハが床に向けた手のひらに大量の空気が集まって球体を形成していく。最早発動まで秒読みの状態だ。兄は妹の射線を開けながら、最後のお膳立てを施した。


「【小さき勇者にライジング、希望あれ・ホープ】」


 暖かな光にイロハの心が満たされ、凝集する空気が激しさを増して荒れ狂う。


「『我は、道行きを阻む悉くを撃ち砕こう』――」


 高圧縮された空気塊が完成し、狩人ゴーレムを捉える。ようやく蝶を振り払った金属の巨体もまた、兄妹に右腕を向けていた。撃ち放たれた右腕が鉤爪を剥き、唸りを上げてイロハに迫る。


「【収束せよ、コンセントレート】――」


 しかしイロハは臆さない。鉄屑ごときで止まる程、この魔法が柔ではないと知っているから。


「【獄牢を拒リジェクターズ絶す禍嵐・テンペスト】!!」


 イロハの叫びに合わせ、右手のひらの空気塊が球形を保ったまま高速で発射された。施設脱出時に追っ手を根こそぎ薙ぎ払った風の津波による面制圧ではなく、少数標的へ強力な“点”の一撃を見舞う、言わば【収束モード】。


 計り知れない威力を持った風の塊は飛来した右腕を鎧袖一触に粉砕し、一切勢いを落とさぬまま狩人ゴーレムの胸部装甲に突き刺さった。山のような存在感を放っていた巨体が無理矢理床面から引き剥がされ、錐揉み回転しながら最奥の壁に激突する。


 狩人ゴーレムは全身にヒビを作りながらも、最後の抵抗とばかりに破損した右腕をぎこちなく兄妹に向けようとしたが、やがて単眼モノアイを消灯して完全に沈黙した。


「止まった……?」


「ああ、良くやった。しかし――」


 呼吸を整えるイロハにコップの水を渡しながら、クロは右腕の残骸と機能停止した本体を見比べる。どちらにもイロハの魔法は直撃していたが、破壊の程度に差異が見られた。跡形もなく撃砕された右腕に比べ、本体はまだ原型を留めている。


「あの装甲は想像以上に堅いようだな。本体の方もこう粉々になるものだと思っていたが……」


 “壁を撃ち砕く”というイメージに特化して作り上げられたイロハの【其は、獄牢をリジェクターズ拒絶す禍嵐・テンペスト】という魔法は、非生物(特に“壁”の概念を持つ物)に対して破壊力が上乗せされるという特性がある。あの程度の損壊で済んでいるというのは、クロにとっては少々信じ難いところだった。


「ともあれ、今後あれはスルーするべきだろうな。己の役割を全うしようとしているだけである訳だし……何より労力に見合わない」


「賛……成……」


 今後の方針を少し固め、兄妹はしばらく休憩することにした。

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