魔人兄妹と“車輪”

 約30メートル降下し、兄妹は下の階層に降り立った。そこは先ほどまでいた交差点の倍は広い円形のホールになっており、兄妹をぐるりと取り囲むように、何十体もの整備ゴーレムが立て膝を付いた体勢で停止していた。


「こうして見ると壮観だな」


「私は落ち着かないわ……」


 上階に戻っていく床の欠片を見送った後、2人はホールを見回しながらそう言った。1体でもかなりの存在感を放つ整備ゴーレムが黒い壁のように連なるこの光景はインパクト抜群であり、クロは少しテンションを上げ、イロハは逆に若干萎縮してしまっていた。


「これ、全部待機中の石人形ゴーレムなのね……」


「そのようだ。どうやらこれだけの数を必要とする程、この洞窟は広大らしい」


 見える範囲だけでも、静止している整備ゴーレムは50はいる。現在稼働しているであろう物も含めると、その総数は100は下らないのではないだろうかと思われた。


「フロアの様子はどうだ?」


「さっきまでいた大回廊をそのままスケールアップさせたような形。脇道はないみたい」


 イロハが【風読み】で取得したフロア構造を聞き、クロは再び【完全改稿オール・リライト】で施設のレポートを地図へと書き変えた。出来上がった地図がかなりシンプルなものだったため、余ったインクが紙の角にまとめられている。


「これで良し。まあ、場合によっては好き放題に道を作れそうではあるがな」


 出来上がった地図を巻いてそう言いながら、クロは周囲の壁を見やる。天然の洞窟をそのまま改造したと思しき、土の壁と床で構成されていた上階と異なり、今いるこのフロアは大理石を筆頭に様々な石材や金属が用いられた、紛れもなく人口の建造物であった。壁も床も照明の光を反射して白く輝いており、ある種の神々しささえ感じさせる。


 その時、イロハが切羽詰まった様子で新たな情報をもたらした。


「動いている整備ゴーレムが8体。それから、整備ゴーレムじゃない人型の何かが1体と……あと小さなものが3体くらいこっちに向かって来るわ!凄い速さ!」


「了解。下がっておけ」


 イロハが指差す方の通路へ向けて、クロは【速射クイックドロウ】を構える。対象は既に、目視出来る範囲にまで迫っていた。


 それは黒光りする平たい直方体の中心を、金属の車輪が貫通しているかのような奇妙な姿をしていた。直方体の両サイドには箱のようなものが取り付けられ、その前後には整備ゴーレムのものと良く似た多関節の腕が折り畳まれた状態で装着されている。サイズは大きめの猫くらいはあった。


「どうやらあれも石人形ゴーレムらしいな。かなり常識はずれな姿をしているが」


 石人形ゴーレムというものは必ずしも人の形をしていなければならないという訳ではない。“人型”にする方がイメージのしやすさも汎用性も両立することができるため使い手が多いというだけの話であり、このように人型以外の石人形ゴーレムが存在すること自体は驚くことではなかった。


 しかしそれを踏まえても、目の前の小型石人形ゴーレムが如何なる発想で産み出されたものなのかクロには判らなかった。何しろこの世界には、未だかつて“1つの車輪のみで駆動する乗り物”など存在していないのだから。


 石人形ゴーレムたちは長大な通路をあっという間に駆け抜けて中央ホールに突入すると、兄妹には目もくれず1体の整備ゴーレムに群がった。小型石人形ゴーレムは速やかに4本のアームを展開すると、内2本を床に付いて姿勢を整え、残りの2本を用いて整備ゴーレムの胸部装甲を開放する。


 そして、機体の両サイドに付いた箱型のパーツを開き、中に納められていた拳大の紫がかった結晶体を整備ゴーレムの胸部へ投入していく。


 計6つの結晶体を整備ゴーレムに投入し終えると、小型石人形ゴーレムたちは腕を再び折り畳み、急発進して元来た回廊の奥へ去っていった。


「……気付いたか?」


 小型石人形ゴーレムたちを見送ったあと、クロがおもむろにイロハへ声を掛けた。


「あれって……『魔晶』よね」


「ああ。全く、どこまでも常識はずれな……」


 そう、整備ゴーレムに投入されていた結晶体。あれは宝石の類いなどではなく、魔力が高密度に依り集まって物質化した物――魔人である2人の体内にも存在する『魔晶』であった。


 魔晶は、魔力によって稼働する機械や道具の動力源としても利用されている。しかし、基本的にそれらは単純な構造や動作のものに限られ、複雑な操作を必要とするものは魔法使いが直接魔力を通して操作するのが一般的であった。石人形ゴーレムの場合も、魔晶を利用すれば身体を維持することは可能だが、自立行動までさせようとするのは困難というよりほとんど不可能に等しいというのが通説だった。


 しかし2人の目の前の石人形ゴーレム群は、魔法使いの手に依らない完全自立行動を実現させていた。これが明るみとなり、更にその仕組みが解明されたのなら、魔法使いたちの間に革命が起こることは容易に想像出来た。


「だが、正直ゴーレムの非常識さはどうでもいい。重要なのは“魔晶が存在する”という事実そのものだ。さて、これがどういう意味か、わかるか?」


「魔物がいる……!」


「正解」


 イロハも予想していたのか、兄の問いかけにはほとんど即答だった。


 魔晶は、基本的に魔物の体内でしか生成されない物質である。故に魔晶の存在は、同時に魔物の存在をも証明するのである。


「そしてもう1つ。通常は魔物の体内にあるはずの魔晶が、むき出しの状態で存在していた。……つまり魔物から魔晶を取り出した奴がいる」


 クロはそう言うと、視線を車輪型ゴーレムたちが走り去った方へ向けた。いつの間にか、回廊の奥に赤い光源が存在している。


「そしてどうやら、答えが向こうから姿を現したようだ」


 イロハが先程【風読み】で感知した“人型の何か”――整備ゴーレムよりも更に大型の石人形ゴーレムが、深紅の単眼モノアイを輝かせながら兄妹を睥睨へいげいしていた。

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