魔人兄妹は降下する

 曲がりくねった通路をしばらく進み、兄妹は中央部の大回廊にたどり着いた。これまで歩いて来た通路と比較すると天井と幅が共に倍近くなっているため、2人はかなりの解放感を覚えた。照明も天井から吊るされるタイプに変わっており、明るさも増している。


 近くには整備ゴーレムがおり、刷毛のようなパーツを使って天井付近の壁の埃を落としていた。多関節の長い腕が、存分にその性能を発揮していた。


 そんな整備ゴーレムたちを横目に見ながら、兄妹は回廊を歩いて行く。壁にはこれまでと異なり巨大な翼を模したものと思われる幾何学的なレリーフが等間隔で彫られていた。やはり意味は判然としないものの、入り口に彫り込まれていた謎の文字列とは雰囲気が異なるため、こちらは単なるマークだろうか、とクロは考えた。


 そして、2人が一通り見て回ったところ、この大回廊にはそれらの他には何もないらしい、ということがわかった。壁に部屋への入り口はなく、別階層に通じるような場所も存在していなかった。


「流石に不可解だな……」


 大回廊の中央、通路が十字に交差している場所の壁際で休息を取っていた最中、クロが呟いた。


「入り口の隠蔽レベルを考えると、内部に何も無さすぎはしないか……?」


 クロは、この場所には製作者が余程隠しておきたい何かが隠されているのではないかと考えていたため、肩透かしを食らった気分だった。それだけならまだしも、通路しかない上に整備ゴーレムがうろついているのでは落ち着いて拠点にすることも出来ない。潜伏場所にしようとしていた兄妹にとってはかなり痛手だった。


「じゃあ、通路そのものを隠したかった……とか?」


 クロの隣で三角座りをしながらフクロウの肉団子をかじっていたイロハが、ふとそんなことを言った。


「ほら、あのお話でも、王族しか入れない隠し通路が出て来たじゃない」


「ああ……確かに」


 言われて、クロは記憶を紐解いた。施設でイロハに読み聞かせた、王族の兄妹の物語。その終盤で王子と姫が悪徳大臣の待ち受ける王城に侵入するため、王族にのみ入り口を開くことができる隠し通路を利用する、という場面があった。いよいよ最終決戦ということもあり、イロハがかなり緊張気味だったのをクロは覚えている。


「なるほど、ここがそのような王族や貴族の非常用通路だったのならば全て説明がつく訳だ。入り口に施術をしたのが身分が高い者のお抱え魔法使いなら、高レベルの隠蔽魔法を問題なく使えるくらい実力があるのも頷ける」


 仮に追跡者が隠蔽を破って侵入して来たとしても複数の出入り口によって惑わすことが出来、また配備された石人形ゴーレムたちが、いつでも通路を使えるよう整備を欠かさない。更には家紋らしきものが壁に彫られているなど、情報を整理する程この謎の洞窟の『隠し通路説』は信憑性を増していった。


「とはいえ――」


 しかしクロは安易に結論を付けようとはしなかった。


 まだ調べていない所が、1ヶ所あったからである。


「見切りを付けるのは、これを調べてからでも遅くはあるまい」


 小休止を終えたクロが壁から背中を離し、立ち上がったイロハが外套の土を払い落としながら後に続く。四つ角が抉り取られたような曲線を描き、円形のホールのようになった交差点。2人の見下ろす視線の先に、直径3メートル程のサークル状の溝が刻まれていた。


 サークルの内部には、壁に彫り込まれているものと同じ翼を模した巨大なマークが描かれている。


「単に回廊の中心だから装飾過多なだけ、という可能性もあるが……」


 クロが屈み込んでサークルを指でなぞる。指先に土の付着はなく、冷たい感触がした。溝の部分だけが金属製であるようだった。


「単に塗装するのではなくわざわざ金属を使っているのが気になる所だな?」


 兄の言葉に、イロハは首肯を返す。他の装飾よりも手が込んでいるという点が、2人の直感を刺激していた。“ここには何かがある”と。


「見た目には稼働しそうなところもスイッチらしきものもない、が……」


 クロはマーク部分に指先で触れながら、微量の魔力を流してみた。魔力を流すことによって動作する道具や仕掛けは枚挙に暇がなかったためだ。しかし予想に反して、この怪しい床は何の反応も示さなかった。


「どうしたものかな」


 立ち上がって腕組みをするクロ。魔力にも反応がないとなると、本当に何もないか、まだ見落としがあるかのどちらかであった。イロハもしゃがんでサークル上の砂を手で払ったり小さなつむじ風をマークに当てたりしているが、芳しい結果は得られていないらしい。


 その時、2人の耳が、自分たちのいる交差点に向かってくる足音を捉えた。見れば、棒のような身体の整備ゴーレムがゆっくりと、床を擦りそうなほど長い腕を揺らしながら近づいてくる所だった。


 2人が道を開けると、整備ゴーレムはサークルの手前で足を止め、中央のマークに向けて単眼モノアイを点滅させ始める。そしてそれが5秒程続いたあと、床の方に変化があった。


 翼状のマークへ真一文字に切れ込みが入り、サークルが2つに分かれて行く。そしてぽっかりと空いた縦穴の奥から、別の整備ゴーレムを乗せた床がせり上がって来た。


 床の動作が終わると、昇って来た整備ゴーレムは単眼モノアイに赤い光を点して立ち上がり、床を開いたゴーレムと入れ替わりに回廊の奥へ消えて行く。そしてゴーレムを再び乗せた床は穴へと降下して行き、サークルも元のように閉じた。


「期せずしてタネが割れたな」


 一部始終を眺めていた兄妹は再びサークルの縁に立つ。洞窟を離れるという選択肢は、この時点で完全に2人の中から消え失せていた。


「目の点滅を鍵にしてた……みたいだけど……」


「パターン自体は記憶した、が、具体的な方式までは判らなかったな」


 床が反応するメカニズムが単なる光のパターンによるものか、魔力的なやり取りだったのか、はたまた違う要因があったのか、あの短時間で判別するのはクロにも出来なかった。詳細な解析には、また整備ゴーレムが交代する所を観察する必要がある。


「だが、俺たちには幸い人工物こういうものに有効なマスターキーがある」


 クロが身を沈めてサークルに手のひらを押し付ける。他と変わらない感触の土の床。しかしこの部分に限ってはということは既に示されている。それはすなわち、クロの得意とするあの魔法の条件を満たしているということの証明に他ならなかった。


「『いざ、異端者たちの道を拓かん』――【解放の門リバティ・ゲート】」


 人工的な建物の構成要素ならば強度を無視して切り抜くことができるその魔法が、サークル内部のマーク部分を真円形にくり貫き、兄妹が進む道を作り出す。


「……行くぞ」


「はい、にぃ様」


 クロとイロハが飛び乗った床の欠片は、速やかに深淵への降下を開始した。

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