魔人兄妹は樹海を抜ける
爆風にあおられた兄妹は雑草の繁茂した地面に転がされた。イロハが咄嗟に空気のクッションを作ったため怪我こそないものの、回転する羽目になった影響で少しの間視界が混乱する。
「グォアアアアアアアアアァゥゥゥ!!!!」
謎の光弾をブレスで迎撃した樹海の主が怒りの咆哮を放った。首のみならず体ごと反転し、四肢を突っ張って身を少し沈めるような警戒体勢に移行している。相当気が立っているのが見て取れた。
爆発で飛び散った竜のブレスによって、あちこちで草木が異臭のする白い煙を出しながら立ち枯れていく。幸いにして竜の巨体に遮られた兄妹の周辺には溶毒の落着はなかったようだった。竜もその身に毒を浴びてはいたが、流石に自身が産生した毒でダメージを受ける程柔な身体はしていなかったらしく、体表面に繁茂していた苔やキノコがボロボロと崩れていくのみに留まっていた。
「に、にぃ様!大丈夫!?」
「無事だ、助かった。それより急ぎここを離れるぞ!」
絶賛興奮状態にある樹海最強の生物の攻撃の矛先が何処に向くかわからないため、2人は体勢を立て直すと身体強化魔法の一種である【
「さっきのあれは……攻撃魔法、よね」
「ああ、それも見覚えがある……」
湿った腐葉土を散らして駆けながら、クロは施設でのとある記憶を想起した。まだイロハが
「上級魔法【
兄の口から出た名前に、イロハが大きく目を見開く。
「遠征中だったんじゃ……もしかして、私たちが脱走したから……!?」
「十中八九……!」
樹海を走り抜ける2人の耳に、幾度となく遠方から爆音が届く。森の生物の悲鳴や逃げ惑う音もあちらこちらで響いており、2人の方にもウサギやリスといった小動物が逃げて来る。
「あの規模の魔法を……こんなに連発できるなんて」
爆音が10を数えた辺りで、イロハがそうこぼした。上級魔法は基本的に高威力だが、当然相応に魔力も消耗する。連発などしようものならあっという間に体内魔力が枯渇し、イメージを形に出来なくなってしまうはずだった。
「聞いたことがある……というより奴が自信満々に語っていたんだが――」
足元をすり抜けていくシンリンドクウサギに注意を払いながら、クロは語り始める。
曰く、魔人1号は身体の各所にある結晶体に陽光を貯めておくことが出来、そしてそれを魔力に変換することが可能である。
更に曰く、その陽光から変換した魔力は元々が光であるため光系統の魔法への親和性が高く、それらの消費魔力を抑えることができる。
「奴がどれだけ光を貯めていたかはわからないが……砲撃はほぼ無尽蔵に飛んでくると考えて良いだろう」
「反則!!」
イロハの叫びは、近くに着弾した陽光の砲弾が爆ぜる轟音に掻き消された。破壊力のみならず熱量も凄まじいはずだが、着弾地点で火の手が上がる様子はない。どうやら火が点いたとしても着弾時の爆風が吹き飛ばしてしまうらしく、森林火災の心配はなさそうだった。
「だがこれで、奴がまだこちらを捕捉していない、ということもはっきりした。既にこちらを見つけているのならこんな無差別爆撃などする必要はないからな!」
魔人1号が兄妹を見つけている場合、わざわざいないと分かっている方向へ魔法を撃つ意味はない。それどころか直接接近して来ても全くおかしくないはずだった。
つまりこの無差別砲撃は、兄妹を炙り出すために行われているということだ。
「よって我々はこの砲撃を防御してはならない。防いだ瞬間に位置がバレて砲撃を集中させられるし、最悪魔人1号自身が突っ込んで来る。そうなったら逃亡は絶望的だ。不可能とは言わないが、現状の我々が奴に勝つのは極めて難しいと言わざるを得ない」
「じゃあ、このまま走り続けるのが正解?」
「そうだ。だがまあ、こちらもわざわざ奴に付き合ってやる道理はあるまい」
そう言って、クロは目の前に迫る山までの距離を目測で算出した。約1キロ。
「よし、今から1つ魔法を使う。かなりスピードが上がるが……目を回すなよ?」
「望むところ!」
挑発的な笑みを見せる兄に、妹は挑戦的な眼差しで答えた。
クロの警戒魔法が、更なる砲弾の飛来を告げる。ランダムな砲撃であることを考えると奇跡的と言える、完全な直撃コース。しかし、クロが詠唱を終える方が早かった。
「『我等が歩みは音さえ超える』――【
瞬間、兄妹の姿が掻き消えた。2人を食いそびれた【
「――!!」
イロハが作ったエアクッションで段階的に慣性を抑えながら、2人は草が密集した緩やかな斜面に取りついた。植生が明らかに変わっているのがわかる。
「……やはり持続3秒でこの魔力消費量は割に合わないな」
肩で息をしながら、クロがそう言葉をこぼす。
既存の身体強化魔法を超える倍率の強化を施す魔法を作れないか、という思い付きで産まれた魔法だったが、クロでは出力が足りないのか、音速を超える速度で動けるようにはなるものの、たったの3秒しか保たない上に魔力の消耗も激しいという実用性に乏しい魔法になってしまった。
「……でも、振り切れたみたいよ、にぃ様」
イロハが樹海を振り返りながら呟いた。爆撃は未だ続いているが、攻撃範囲は樹海のみに留まっており、2人がいる山の方に飛んでくる気配はない。
『たったの3秒』が、今回は最高の結果をもたらしたと言えた。
「そのようだ。さあ、奴の目が樹海に向いている内に山を越えてしまおう。動けるか?」
「平気……あっ!?」
斜面に足を踏み出そうとしたイロハが、その大きな目を驚愕に見開く。
見れば、角度の浅い斜面だったはずの場所に、先の見通せぬ洞窟がぽっかりと口を開けていた。
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