魔人兄の探し物
兄妹が竜の甲羅に乗ってから2日が経過した。樹海の主は相変わらず、死毒竜血樹を貪りながら北東に向けて進んでいる。
2人は十分に周辺の警戒を行いながら、竜の進行ルートに沿って生えている植物の実を採集していた。尚、この間にもう1度フクロウの襲撃があったが、イロハがあっさりと返り討ちにしていた。
「そういえばこの森に入ってからずっと実とかを集めてるけど、どうするの?」
イロハがユメミヤマブドウ(強力な昏睡作用を持つマスカットに似た外見の果物)を1房兄のポケットに入れながら訊いた。そろそろクロのポケットに入れた果物の数は50に達しようとしていた。これらの果物は1つの例外もなく全てが毒物であり、食すことはかなわないはずだったため、イロハは何故兄がわざわざ収集しているのか分からずにいた。
「とある研究員が言っていた。『薬も過ぎれば毒となる。逆もまた然り』と」
苔むした甲羅の上で仰向けに転がりながら、クロはそう言った。彼は起きている間中ずっと、頭上に広がる枝葉のドームを見つめて何かを探しているようだった。
「量が少なければ、毒も薬になる……ってこと?」
「あるいは効果を弱めれば、ということだろうと思う。そのために必要な材料をこうして探しているのだが……」
「だったら、私も手伝うよ?」
イロハが兄の顔を覗き込むように屈みながら言った。
「いいのか?周辺警戒をしながらだとかなり忙しくなると思うが……」
「それはにぃ様も同じでしょう?」
兄妹は現在、イロハの【風読み】と、クロの警報魔法や欺瞞迷彩など数種類の隠蔽魔法による複数の警戒網を張っていた。その片手間で別のことをしているため、労力で言えば2人の間に大差はなかったりする。
「それもそうか……ならばお願いするとしよう」
クロは立ち上がると、ポケットからレポートの束を取り出し、その内の1枚をイロハに差し出した。木の枝から生えた、白い葉が集まってほとんど球体に近いシルエットを形作っている植物のスケッチが描かれていた。
「【シズメノヤドリギ】。他の樹木に寄生する植物の1種で、見ての通り木の枝から良く生えている。強力な精神的鎮静作用を持つが、反面依存性が強い」
「……えっと、つまりどういうこと?」
「気分を落ち着ける効果があるが、1度使うとなかなか止められなくなるってことさ。薬が切れるとそれまでの反動で全く落ち着くことが出来なくなるらしい。それでまたこいつを使って気持ちを鎮めて……とループする羽目になる訳だが、まあそれは我々にとってはどうでもいい」
クロが噛み砕いて説明すると、イロハは怪訝な顔をしながらレポートを兄に返した。彼女は“麻薬”というものへの知識はなかったが、それでもその悪質さは感じ取ることが出来ていた。
「肝心なのは、こいつの気分を落ち着ける効果を持つ成分が、毒の作用を抑える働きも持っているということだ。つまり――」
「――今まで集めた毒物を、薬に変えることが出来るってことね!」
「その通り」
合点がいったという様子のイロハの言葉を、クロはニヤリと口角を上げながら肯定した。
強力な麻薬的性質を持つこの植物だが、その鎮静成分は人の精神のみならず他種の毒さえも抑制する。そのため、腕と人間性の双方を国家に認められた一部の優秀な薬師には取り扱いが許可されていた。
あの研究施設にもシズメノヤドリギの取扱許可を持つ研究員はおり、現物もしっかりと存在してはいたが、万が一にも研究員がこの植物の依存性に囚われて落ち着きを失ってしまっては致命的であるからか、封印魔法さえ使われた極めて厳重な保管体制が整えられており、全ての解除に1時間は必要だと悟ったクロは早々に奪取を断念していた。
「残念ながら現物は持ち出せなかったが、調薬レシピはしっかり戴いてきた。だからあとは採取さえ出来れば……というのが現状だな」
「わかったわ、にぃ様。任せて――」
言うが早いか、イロハは【風読み】を木々の枝葉が広がっている高さに集中させ、広範囲を精査し始めた。そして、半径500メートル圏内に複数、木の枝から生えた、明らかにその木の枝葉とは形状の異なる植物の反応を捉えた。
「――ここと、ここと、あとはここ!」
クロが広げた地形図上に、イロハが反応があった地点を魔力でポイントしていく。小指の先程度の小さなつむじ風が、合計5つ作り出された。
「残念ながら
地形図では、2人は現在山から3キロ程離れた地点にいるようだった。竜の足を利用しても、自力で移動しても到達時間にさほど変わりはない。そしてここから先、竜が死毒竜血樹を探して急に進行方向を変えないという保証もない。ここが潮時なのかもしれなかった。
「しかし、緑の中に白い葉とくればさぞ見つけやすいのだろうと思っていたが誤算だったな。ありがとうイロハ、最初から頼るべきだった」
「ふふふ、どんどん頼って?」
クロに頭を撫でられながら、得意気に薄い胸を張るイロハ。
だが、その誇らしい気分も、長くは続かなかった。
シドクジュカイリュウが突然歩みを止め、長大な首を勢い良く後ろに回した為である。細い瞳孔が浮かぶ水晶のような瞳には、紛れもない敵意が宿っていた。
「きゅ、急にどうしたの……!?」
「わからない。だが……」
威圧感に思わず硬直してしまったイロハを後ろ手に庇いながら、クロは樹海の主の様子を伺う。樹海の中に自分の生存を脅かす存在がいないためにほとんどの生物を背景の一部としか考えていない――それなりのサイズの生物が2体も甲羅の上にいながらも一切干渉しなかった――はずのシドクジュカイリュウが敵意を放つという時点で異常事態が起きていることは明らかだった。
数瞬の観察の後、クロはシドクジュカイリュウが自分たちを見ていないということをはっきりと感じ取った。
(いったい、何を見ている……?)
背後を振り返り、兄妹はシドクジュカイリュウの視線を追う。しかし目に入るものは最早見慣れた森の景色ばかりであり、異物は見当たらない。クロが張り巡らしている短距離警戒用魔法にも生物の反応はなく、イロハの【風読み】もおかしなものを捉えることはなかった。
「にぃ様……私の方には何も……」
「こちらも同じだ。1度探査範囲を3キロから拡大してみるべきだな」
そうしてクロが警戒魔法の範囲を広げようとした直後、警戒魔法の1つである魔力感知が、高速で飛来する強大な魔力の反応を捉えた。
「!!」
そのあまりの速度に、最早一刻の猶予もないと判断し、クロはイロハを横抱きにして竜の甲羅から飛び降りる。同時に、シドクジュカイリュウが大きく息を吸い込んで喉元を膨らませる。
次の瞬間、シドクジュカイリュウが勢い良く吐き出したエメラルド色の噴流――溶毒ブレスと、飛来した閃光の塊が激突して大爆発を起こした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます